フラリ、フラリ。

力無い足取りで静貴は歩いていた。
人通りの多い交差点を、紛れるように、溶け込むようにして流れるだけ。
何も見えていないかのように曇った瞳は暗い色を纏っていた。

『荒輝は…あなたが自分を愛してないと思ってる。浮気すれば引き留めて、怒って、泣いてくれるんじゃないかって、』
『そ、んな、事言われて、も』
『そうよね、荒輝が悪いのよ全部。子供みたいな事をして、結果酷く落ち込んで嘆いて、あなたに会う事に脅えて…馬鹿みたいよね』

でも、と香織は笑った。
その目には涙が溜まっていた。

『あなた達はちゃんと向き合うべきよ。こんなに、こんなに…愛し合ってるのに』

だから、お願い、荒輝に会ってあげて。きっとあの意固地な男はあなたに連絡も取れないヘタレに成り下がっているから。

一つ一つ、香織の鼻声混じりの言葉は静貴を優しく包んだ。
初めて聞く真実。自分の知らぬ所での荒輝の苦しみ、葛藤。
同じように荒輝も、苦しんでいたのかと。

何故、こんな小さなプライド如きの為に逃げ回っていたのかと。
男の見栄でしかない、ちっぽけなモノの為に。

どうしてもっと早く、もっとたくさん、好きだと伝えなかったんだろう。
心で想うだけでは伝わらないと、知っているのに。

「こうき」

見上げた建物に訪れるのは二度目だった。荒輝の通う大学。
未だパラパラと通る生徒の波に遮るように、正門横の花壇に腰掛ける。
時計の針は10時過ぎを指していた。

今更、って言われるのかもしれない。
返事はやっぱり返ってこないかもしれない。

けど、俺は伝えてない事がたくさんあるんだ。
それを全部、荒輝に聞いてほしい。

お前の笑った顔が見てぇよ、ちくしょう。

自分が生き返ったような表情をしている事に、やっぱり静貴は気付かなかった。