「…でるか」

何度も繰り返した自問自答も、もはや習慣となりつつあるらしい。
役立たずの脳味噌は勝手に無限ループに身を投げ出していく。
それも全て自分の撒いた種だというのに。

キュィ、とコックを捻りシャワーを止める。脱衣場で体を吹いていると、香織の声がした。
香織はいい女だが、少し年の割りに無邪気な所がある。
ことある事にこの広い家の探索をしたがるのだ。
他の女と違い、ただの興味だとはわかっているが、如何せんここには自分の恋人が住んでいる。
不本意ながら別々になってしまったが、静貴の部屋もあるのだ。
今は大学に行っているとはいえ、大事な静貴の部屋になど一歩も踏み入れさせたくない。

「香織、大人しく部屋に居ろと何度言えばわかるんだ」
「あ、見つかっちゃった」

バスルームを出ると、玄関横のシューズルームの扉に手をかけた香織があちゃーと残念そうな顔をした。
荒輝は香織の腕を引きリビングへ連れて行く。

「ホント広いよねこの家。あたしも住みたいなぁ」
「バカ言うな」
「いーじゃん。せっかくゲストルームもあるんだし」
「何を言っている。うちに空いてる部屋はない」

うちは広いが、部屋数が多い訳ではない。ただ単に一部屋一部屋が広いだけだ。
リビングのソファに香織を座らせて、何を言っているんだと溜め息をついた。

「えー?廊下の横の部屋ゲストルームじゃないの?」
「…何、どうゆう…」
「荒輝こそ、何言ってんの?」

廊下の、横の部屋?

唐突に嫌な予感に苛まれた俺は、早足で静貴の部屋へ向かった。
静貴の部屋に勝手に入るのは、随分久しぶりだ。
けれど、罪悪感はあれど入らなければ俺の不安は解消されない。

ガチャリとノブをまわす。
一番新しい記憶では、最初に迎えてくれるのは白と黒のシックなベッドカバーと、ヘッドに置かれた写真立て、の、はずで、

「しずき…?」

写真立ても、ピアスケースも、乱雑に詰め込まれていた教科書もノートも。
急いでクローゼットを開く。
そこで俺は、力が抜けたように膝をついた。

「…荒輝?どうしたの?」

香織の気遣うような声にも反応が返せない。フラリと立ち上がって、部屋を見回した。

ふとデスクに目を留め、近寄る。
何もなくなった綺麗なデスクの上には、安物の指輪が一つ。

俺の薬指に填めたモノと全く同じの、

「…指輪?」
「……」
「友達?」

ゆっくり、伺うように俺を見上げる香織を見た。
頭の中がグチャグチャだ。
いつかこうなるかもしれないって、自分が一番よくわかっていたじゃないか。
なのに、どうしてと騒ぐ心は余程理解能力がないらしい。

「…静貴」
「シズキ、くん?どうかしたの?」
「俺の、恋人だ」

逃げられてしまったけれど。
逃げる道を用意したのは、俺だけれど。

香織の目が驚きに見開かれる。
そりゃそうだ。男と付き合っているなんて、早々身近にはいないだろう。
非現実すぎるんだ、ふつうの人間には。