「静貴」
「あー?何ー」
「いいのかよ」

大学が終わった後、静貴は親友である一葉を連れて自宅へ帰って来ていた。
一葉は親友で、幼なじみである。
静貴に負けず劣らず女顔だが、言葉遣いは顔に似合わず男らしく、中身も大層凶暴な人物だった。
…それは静貴も同じだが。

「なんだよ一葉ぁ、お前いいって言ったじゃん」
「バカ。そうじゃねぇよ。あいつとちゃんと話」
「一葉」

一葉の言葉を遮って、静貴は表情のない顔で一葉を見た。

「いいんだよ」

きっぱりと、静貴はそう言った。


『なぁ一葉ぁ、俺の一生のお願い聞いてちょ』
『てめぇそれ何回目だ。ったく…何』
『新しい家見つかるまで泊めてくんろー』

どうして。
そんな疑問を一葉が抱く事はなかった。
誰より近くで、それこそ荒輝なんかより近くで静貴を見てきたのだ。
小さな頃から変わらず、静貴を。
嬉しそうに恋人が出来たと笑った日からも、ずっと。

デートの話しも、喧嘩の話しも、同棲の話しも。
浮気されて一晩中泣いた日も、いつも。

「静貴…」

あんなに泣いてたのに、次の日から静貴は絶対泣かなかった。
あの男に詰め寄る事もせず、何も知らない振りをして。
好きという気持ちがなくなったんじゃない。
静貴があの男を愛してるのも、俺はちゃんと見てきた。
…それがどれだけ深く重いものなのかも。

「こんなもんか。よし、一葉行こうぜ」

静貴の纏めた荷物は少なかった。衣類や大学の教材、身の回りの細々したもの、…あとは趣味で集めているピアスの入ったボックス。
もとより静貴が使う部屋には物が少なかった。
ピアスを例外として、あまり静貴が物に執着しない質だからだろう。

ベッドヘッドに置かれていた写真立てはすでに、青いゴミ袋の中に放りこまれていた。
恐らく荒輝にもらったのだろう。いくつかのピアスも。

案外頭の堅い静貴の事だ。俺が今更何を言っても意味はないだろう。

「ゴミ、貸せ」
「いーって、持てるし」
「空いた手で枕持ってこい。うちに余分な枕はねーぞ」
「マジか」
「先に車乗ってるから」
「あぁ、…うん」

一葉は渡されたゴミ袋を持って部屋を出た。

少し一人にしてやったほうがいい。
短い間とは言え、あの家は静貴の大切な場所だったから。


玄関で靴を履く。
当たり前のようにある女物のピンヒールを、無性に折ってやりたくなった。