身に覚えはないか?

誰かがそう問いかけてきた。
俺はすぐさま、ないよと答えようとして、その言葉が喉の奥で絡まって息が出来なくなってから、そうかと理解した。

そうだね。俺は、これから裏切りの罰を受けるんだろう。
罪と呼ばれるものを数えると片手だけでは足りなくて、だから、それでも。

助けて、と心の中で繰り返すのも、罪になるのだろうか?

+++

校舎内をフラリとさ迷っていた俺に変化が訪れたのは、食堂を出てからそれほど経っていない頃だった。

「うん…?」

頭が霞がかり、足元が覚束無い。
だんだんと歩くのも億劫になってきて、やっぱ朝ご飯と昼ご飯を忘れてたツケかなぁと思っていた時だ。

ぼんやり、ぼんやり。
限界を感じた俺は壁にもたれて座り込み、ゆっくりと目を閉じた。
なんかよくわからないけど、すごく眠い。何もかもがどうでもよくなるくらい眠い。
ギリギリ耳が音を拾い、床の冷たさが知覚出来る以外は感覚が遠退いていくのを感じていた。

「あ、いたいた」
「て、寝てる?」

誰かが近付いてきて、俺の肩を叩く。わかっていても瞼が重くて、俺は唸る事しかできなかった。

「やばい、朦朧としてる。あいつ薬の量間違えたんじゃない?」
「まぁ大丈夫じゃん?見つかる前に連れて行くぞ」
「だーね。すぐ切れるらしいし」

その言葉を最後に、俺の意識は途切れた。

+++

何分後か、何時間後か。次に目が覚めた時、俺はどこかの教室の床で寝転がっていた。
人の気配がして目を向ければ、その見知らぬ二人はこちらに背を向けて一台の携帯を覗きこんでいるようだった。

「どこ、ここ」
「あ、もう起きちゃった?おはよう」
「おはよ、う?」
「やばいマジ可愛いーやらしいー」

誰だろう、と瞬きする俺を振り返って、傍に居た男二人はニコリと笑った。

嫌な笑顔だ。人を不快にさせる、不の感情が滲み出てる。
俺は不信感に苛まれ、顎を引いて男を見上げた。

「最近独りぼっちみたいだね」
「俺たちと遊ぼうよ」
「…何言ってんのー?」
「わかんないならいいよ。でも暴れないでね」
「え」

一人の男が俺に手を伸ばし、シャツの合わせ目を左右に引いた。
ぱつぱつと飛び散るボタン。その瞬間漸く俺の頭に警鐘が鳴り響いた。

「ちょ、何…っやめて!」
「やっとわかったの。遅すぎ。あんなとこで上玉が寝てたら、ねぇ?」
「寝かせたのは俺たちだけど、ねぇ?」

意味のわからない事を言いながら、二人は手早く俺の服をはだけていく。
これはヤバイ。響き続ける警鐘が鳴りやむ気配はない。

何故かと言われればわからないと答える他ないが、俺は何度かこういう輩の標的になった事があった。連れ込まれ、剥かれかける。その度に助けてくれたのは頼や朔や、そして友人。けれど今回はそんな奇跡、起こるはずもないだろう。しかも相手は二人だ。死ぬ気で逃げるしかない。

「くそ…っ」

だから暴れようと身体をよじったけれど、後ろで手を縛られているのか腕は動かなかった。

「の、けっ!」
「…っ」

とは言え、足まで使えない訳ではなく。

思いきり振り上げた足で男の鳩尾を蹴れば、中々のヒットだったのか怯んでくれた。
今だ。今しかない。

いくら頼に失恋したからって俺は自分の身体がどうでもよくなる程自棄にはなっていなくて、少なくとも名前も知らない奴らに襲われて大人しくしてる程アホじゃない。

起き上がるのは難しいから、思いきり身体を捻って横に転がる。
そして膝を立てて身体を起こそうとしたけど、背中の上にズシリと乗った重さのせいで床に崩れ落ちた。

「っ」
「大丈夫かよ。情けねぇな」
「うるせ。痛っ…もう怒った。とりあえず犯すわ」
「言うと思った」
「のけよ!やめろって!」

俺の叫びは軽くスルーされた。
頭を床に思いきり押さえつけられると、眼鏡のフレームがこめかみに刺さる。腰を高く挙げさせられ乱雑にズボンを下げられた後は、絶望感しか感じなかった。
なんだって俺が、こんな、タッパもあって間違っても女には見えない俺なんかが、こんな目に合わなければならないんだろう。

「せめて想像の中だけでもイイ人を思い浮かべてろよ」
「や、めっ」

ネクタイだろうか。眼鏡を外され、きつく目元を覆った布のせいで、視界は黒く閉ざされた。
次いで口の中にも何か布が押し込まれて、まともな言葉も失われる。

「舌噛むなよ」

男はそう言って、俺の後ろに固いものを押し当てた。
何か、なんて。考えなくてもわかる。
何度も受け入れてきた。頼のものを。

けど頼とは違う。こいつらは知らない奴で、好きでもなんでもなくて、こんな事をされる謂れなんて、ちっともなくて。

ぐ、と入り口を押し広げて、焼けるような痛みと共に入ってきたそれに感じたのは、競り上がる吐き気と嫌悪感だった。

「ーーっ…!!」
「きっつー。初物?」
「あんだけ相原と神田川がベッタリしてんだから中古だろ」
「や、にしてはきついべ?切れたし」
「そりゃな、いきなり突っ込めばな、切れるわー」

楽しそうな男の声。遠慮なく肌を打つ、気持ち悪い温度。
あまりの痛みで吐き出せない息が、肺の中で暴れまわっている。

痛いのも、苦しいのも、頼だから辛くなかったんだ。
俺にとっていつからか、頼は全てになっていて、だから。

より、助けて。

貫かれる激痛と、男達の笑い声の中、俺は動かせない舌で愛しい二文字を呟いた。

(あなたとの記憶が、体温が、塗り潰されてしまったら、俺は何を思い出して眠ればいいの)