メリークリスマス。
聞き飽きた常套句を口にする度、浮かれた冬の空気に釣られていく。

去年も三人で鍋を囲んで、ポテチでノンアルコールパーティーをした。
その時は楽しくて、何もかもが楽しくて、俺のサンタはきっとこの二人なんだろうなって。

今年は来ないはずのサンタさん。
なのに俺の前に現れたのは、赤い帽子も髭もない、キラキラフェイスの王子様だった。

+++

「あーらーし?」

ゆさ、と肩を押され、俺はハッと顔を上げた。
瞬いた視界に王子様のドアップ。思わず後ずさった俺は、多分悪くない。

「そろそろお開きにしようか。帰ろう」
「え、あ、う、うん」
「変な嵐。吃り過ぎててキモいよ」

キラキラ爽やかな笑顔で、しかも悪気なく言うんだから朔は本当に大物だと思う。
俺は朔に倣って立ち上がり、部屋の主へ顔を向けた。

「えと、遅くまでごめんね、頼。ありがとー」
「おう。また明日、生徒会室でな」

ぎこちない俺と、そっけない頼。

ーー俺はまだ、預けられた頼の恋を握りしめている。

切って捨てる事も、返しに行く事も出来ず、ただひたすら持ち続けている。

自分から提案して企画したクリスマスパーティーの記憶もあまりない。
頼の一挙手一投足が気になって、ずっとその姿を目で追っていたように思う。それでも目が殆ど合わなかったのは、頼がこちらを向いた時逸らしてしまう俺のせいだ。

混乱の極みだった。
友人としての距離も、好きな人の身代わりだった距離も、思い出せなくなっていた。

「じゃあね、頼おやすみ」
「おやすみ。さっさと帰れ」

親しい間柄特有の悪態をついて、頼が朔へ手で追い払う仕草を見せた。
朔はそれにニコニコ笑って、頼はツンデレらしいよとか意味のわからない話を俺に振ってくる。

「じゃーね」
「ん」

俺はそんなありきたりな挨拶だけを残し、部屋を出る。
ここ暫くはこの部屋に入り浸っていたから、朔とこうして帰路につくのは変な感じだった。

「ねぇ嵐、時間ある?」
「え?うん」
「じゃあ少し付き合ってよ。ミルクセーキ奢るし」
「デロ甘いじゃん、いらない…」

朔に引っ張られ、休憩室の中の自販機で立ち止まる。
いらないって言ったのに甘ったるいミルクセーキを渡され、俺は仕方なくそれにストローを通して椅子に座った。

「あのさ、喧嘩した?」
「え?誰と?」
「頼と。今日ずっとよそよそしかった」

何故バレた、と言うよりも、まさかの朔が、と思った。
そんな俺の表情に気付いた朔が、ちょっと不満そうに顔をしかめる。

「わかってるって。俺そういうの割りと疎いのにって。でも気付いちゃったんだから仕方ないだろ」
「天然なのに…」
「よく言われるけど。で、何で喧嘩してんの。やめてよね、友人が喧嘩別れとか笑えない」
「えぇ…」

頭が着いていってない。朔にこんな風に問い詰められてる今の状況にも、ミルクセーキのありえない甘さにも。

俺はクシャリと自分の髪を乱し、深い溜め息を吐き出した。

「喧嘩…は、してないよ。そもそも、別れるとか…それ以前に付き合ってない、から」
「え。両想いじゃなかったの?」
「…も、わかんない。死にそ」

頼の真意の在処は俺の左手のひらだ。けれど、その単純な謎をほどくのを、俺は躊躇っている。

もし、その言葉と行動の通り、頼の好きな人が俺なのだとしたら?

俺は彼の好意に気付かず、嘘をつき、身体の関係を持ったという事になる。
今更、全て嘘です俺はあなただけが好きですと言って、綺麗さっぱり終わりよければ全てよしにするには、些か彼を傷付けすぎた。
踏みにじっている。頼の大切な気持ちを。現在進行形で。

それに、本当の事を話したら。
頼はきっと、もっと傷付くと思った。

拒んだのも縛ったのもルールを作ったのも俺だけど、頼は優しいから、責任感が強いから、あんな関係を持つ事に同意してしまった自分を責めてしまう。そんなの、絶対嫌だった。

それならもう、預けられた恋を切って捨てて、元の関係に戻った方がいいんじゃないかって、冷静な俺が囁くのだ。
これ以上歪な関係を築いて、傍にいて、また彼を傷付けるのなら、二人分の恋をまとめて捨ててしまえばいいんじゃないかって。

「嵐…頼の事、好き?」

ぼんやりと思考に耽る俺の耳に、沈んだ朔の声が割り込んだ。
俺は顔を上げ、下げる。
朔になら躊躇わずに、頷けるのに。

「俺次第、なんだ」
「うん」
「でも、俺、もー…頼を、傷付けたくなくって」
「うん」
「友達に…戻るべきなんだろーなってのも、なんとなく、わかってて」

いやだ、いやだ、いやだ。
心が叫ぶ。覚えた体温は忘れられない。染み込んだ声は消えてくれない。与えられた言葉は、俺の脳みそに焼き付いている。

じわりと浮かんだ涙は、俺を抱き寄せた朔の胸元に吸い込まれていった。
トントンと幼子をあやすような手つきで背中を叩かれ、しゃくりあげる。

「ほん、とは、大好き、なんだよ」
「うん」
「なんで気付いてくんないのって、ふ、ぅ、思って、て」
「…ん」
「でも、言えなく、って、言っちゃダメだって、思っ…!」
「溜め込みすぎたんだね。吐き出していいよ。全部一旦吐き出して空っぽにして、そしたらその中から一つだけ持って、頼に渡してごらんよ」

朔のくせに、かっこいい事言いやがってまぁ。
八つ当たりにクシャリとそのシャツにシワを付け、俺は言われるがまま頼へ渡せなかった言葉を吐き出した。

好き。大好き。俺を見て。
俺を好きになって。どこにも行かないで。
キスして。抱き締めて。甘やかして。好きって言って。
誰よりも愛してほしい。
ずっとずっと、好きだった。

代わり映えのない、月並みな言葉ばかりだ。
けれど俺は、ありったけの想いをそこに込めた。

そうして泣き止んだ後は、少し声が涸れてしまっていたけど。

珍しく頼りになった友人に笑われながら、吐き出した言葉の中から一つだけを取り上げた。

もう、難しく考える事はやめようって、やっと思えたんだ。
傷付くのも、傷付けるのも、嫌だけど。頼の隣で素直に笑えないのは、もっと辛いから。

たくさん謝って、許してもらえたら、取り上げた言葉を伝えよう。
ーー嘘をつくのは、もうやめにしよう。

(調子のいい、アホな俺の恋を、あなたの手のひらに預けてもいいですか?)