夢の中で、僕はユウジさんとのんびりティータイムを楽しんでいました。
邪魔にならない程度にかけられた流行りのラブソングを聞き流しながら、ぽつりぽつりと会話を交わし、たまに目が合って笑う。
暖かくて、全身が包まれるように優しくて、突けば涙が出る程嬉しいと思いました。

ですがその幸せな時間は、突如開かれた玄関の扉にぶち壊されたのです。
正確には扉ではなく、扉を開けたマナブと、チームの幹部の方々に。

そして場面は変わり、いつの間にやら全員での宴会へとシフトチェンジ。
BGMなど微塵も聞こえない程彼らは煩く、ユウジさんの僕を気にする事すら聞こえません。
僕は苛立ちました。

何故、どうして、僕とユウジさんの間に割り込んで来るのですか。

そんな中、ユウジさんに絡もうと膝の上に頭を置いたマナブを見た瞬間、

「そこ僕のです!」
「ぅわっ!」

僕は目が覚めました。

:トキのとある一日2:


「びっ…くりしたぁ…お前寝言激しーのな」

ははっと笑いながら、ユウジさんが傍に雑誌か何かを置いたようです。
何故曖昧なのかと言うと、それは目が覚めたにも関わらず僕の視界が真っ暗だから。
瞬きしても真っ暗。僕の両目は中途半端に0.7ずつでまぁ見える方だと思っていたのですが。

「あの…」
「ん?」
「何も見えないのですが…」
「ん、ああ。これな」

頭を撫でる手にほだされ、見えなくてもいいかと思いそうな自分を叱咤。恐る恐る自己申告すると、ユウジさんの指が僕の額をすべり、目を覆っていたらしい何かをずり上げました。
どうやらアイマスクらしい。

「まだ昼間だから、明るいと寝れねーかなって思ってさ」
「や、優しい…!」

なんと!聞きましたか!
ユウジさん宅にお邪魔し、勝手に惰眠を貪りだした僕を叱らず、あまつさえよく眠れるよう配慮してくださるなんて!

なんて素敵な方だろう。
隊長はいつも総長の事を素敵だ、大好きだ、愛してる、神に愛された人だと言いますが、僕に言わせればそれはユウジさんです。
総長とはまかり間違って天変地異が起きても付き合いたくないですが、ユウジさんなら土下座してでも傍に居たい。何だったら下僕でもいいです。

この人の傍に居られたらどんなに幸せだろう。
きっと、朝陽も夕陽も、道端に落ちている小石までもがキラキラして見えるに違いないのです。

「ユウジさん…だいすきです…」

相変わらずユウジさんの膝にしがみついたまま、僕は滑るようにそれを口にしました。
告白だとは気付いていません。
それくらい、自然に口から零れたのです。

「俺が好きなん?」
「はい…」
「俺も好き」
「はい…はい!?」

にこやかに僕を見下ろすユウジさんの言葉を理解出来ず、飛び起きた僕はまた膝の上に逆戻りしました。
起き上がろうとして初めて気付きましたが、僕の両手は背中で何か柔らかいもので拘束されているようです。え?拘束?

「本当はこんなつもりじゃなかったんだけど、トキに話すわ。手、外すからじっとしてな」
「は、はい…?」

前屈みになったユウジさんが僕の背中に手を伸ばします。
その際近付いたユウジさんの身体から、とてもいい匂い。顔を埋めて吸い込みたくなるなんて、僕は変態なのでしょうか。

「取れた。起きれっか?」
「あ、はい大丈夫です…」
「よーしじゃあ可愛いトキちゃんをお兄さんが抱っこしてやろう」
「へ、わっ」

結構な時間を同じ体勢で居たからか、間接がギシギシ悲鳴を上げます。
のそのそ起き上がって頭を振ると、ユウジさんはフッと、とても格好良く笑って、僕を軽々引き寄せました。

胡座をかいた膝の間に横向きに座る体勢。間近にあるユウジさんの顔を見て鼻の奥がツンとします。

「固くなんなって。嫌だったか?」
「いえ!全然!幸せです!」
「やっぱ世の中ツンデレよりデレデレだよな」
「う?」
「なんでもねーよ」

んー、とドキドキする僕を抱きしめて、首に額を擦りつけてくるユウジさん。この展開はもしや夢でしょうか?気が遠くなりそうです。

「あー、どっから説明すっかなぁ…」
「ユウジさん…?」
「俺さ、トキを人質にしろって言われて接触したんだよな」
「ええっ!?」
「驚くだろうけど最後まで黙って聞いてな」

苦笑するユウジさんに従い、固く口を結ぶ。
素直でいー子、と言ったユウジさんは、それから解りやすく話をしてくれました。

「今日トキのとこの総長とNo.3が二人で出掛けんのは知ってっか?」

頷く。

「じゃあ総長に兄貴が居て、兄貴の族がある事は?」

今度は首を横に振る。

「そっからか。その兄貴の族…つってもほぼただの走り屋だけどな。俺もそこに入ってんだよ」

まじですか。

「で、うちの総長…つまりトキんとこの総長の兄貴な。総長兄は、お前んとこのNo.3に一目惚れした訳」

そんな馬鹿な。

「そこで総長は考えた。見ず知らずの女を送りこんで、二人が別れた後に自分が接触し、トキを人質にした写メを見せれば…」
「見せれば…?」

あ、口のチャックが壊れました。

「一日デート出来るかな、と」
「馬鹿ですかー!」
「ご名答。よく出来ましたー」

賢いなー、と頭を撫でられながら、僕は沸々と怒りが沸いてくるのを感じていました。
僕の周りは馬鹿ばっかりですか?アホですか?もう死ねば?ああこれは言っちゃいけませんね。ユウジさん以外皆くたばればいいのにあはは。

「そんで俺は頼まれてトキをここに連れて来て、寝てる間に縛って写メった訳よ」
「…そうでしたか。ご迷惑をおかけしました」
「トキ?」

そろりとユウジさんの足の間から移動し、隣に正座しました。
つまり、僕が幸せだと感じていたつかの間は夢だったと。
ユウジさんが僕の警戒心を解く為仕方なくやった事なのだと。
それでも僕はユウジさんを好きだと思ってしまいますが、きっとそれはユウジさんにとって、迷惑になるでしょう。

身近に同性愛が蔓延しだしたせいで僕の中から薄れていましたが、普通の人は同性に好意を寄せられていい気分なはずがないのです。
ましてや、隊長達みたいに顔がいい訳でもない、僕なんかに。

何だかとても申し訳なくなってきて、そうしたら涙腺まで緩み始めて、僕は俯きました。
だって、すごく好きだと思ったんです。そしたらもう、離れ難くて、心臓がちくちくして、後三秒だけ膝の上に戻れたら、なんて。

「トキどうし」
「ふ、うええええぇん!」

だからって号泣はないでしょう僕。

「どっ、え!?何故泣く!?」
「だっで僕、ぼぐぅぅぅ…っ」
「落ち着け、いやあの、ええ!?泣くな泣くな、痛いの痛いの飛んでけー」
「落ちづいてぐだざい…」
「お前が言うなよ…」

情けない顔をしたユウジさんが、服の袖を伸ばして僕の目尻を拭ってくれます。
最後まで優しいのは少し憎らしいけれど、きっと僕はユウジさんのこういう所に惹かれたのでしょう。

「で。まだ話終わってねんだけど、続き話していいか?大丈夫?」
「う…はい」

頷くと、もう一度さっきのように膝に引き寄せられます。
濡れた睫毛の一本までもそっと袖で拭かれながら、僕はもうどうにでもなれ、どうせなら追い出される瞬間までくっついていてやると、気持ちが据わってしまっていました。

「そんで、総長の頼みだから仕方なくトキに話かけたんだけどよ、なんつーかさ、お前素直過ぎね?ダメだろありゃ、まさか普段からほいほい誰にでも着いてくんか?」
「い、いいえ…今のご時世何があるかわかりませんから」
「俺に着いて来た奴の台詞じゃねーな」
「だって!ユウジさんは大丈夫ですもん!優しいですもん!」
「はー、心配だ」

僕の肩に顔を埋めて、長い溜め息。
でも、呆れられたんだろうなとぶすくれる僕をきゅーっと抱きしめて、ユウジさんは笑いました。

「俺も利用する為に近付いたんだぜ。でもさ、なんかトキ見てっとさ、超かわいいの」
「は、?」
「素直だし、無防備だし、抜けてるし、あぁ後不器用そう。もろ俺のタイプなんだよ」

褒められているのか馬鹿にされているのか、僕にはわかりませんでした。
ですが、タイプだと言うユウジさんの言葉で、簡単に舞い上がる自分は単純だと思いました。

「写メだけ撮ったら丁重に帰すつもりだったんだけど…」
「帰…っ…僕ユウジさんと居たいです…!」
「そーゆーデレデレなとこ、ホント可愛い。でももう帰さなきゃいけねー時間だ」
「ヤです…」

やだやだ離れたくない。
そんな意思を込めて、僕は初めてユウジさんに抱き着きました。
身体を捻ってユウジさんの首に腕を巻き付け、しがみつく。
浮いた腰を支えるユウジさんの腕は、鳶職で鍛えられただけあって羨ましい程逞しかったです。

「じゃあさ、俺と付き合って。そしたらこの先いつでも会えるじゃん」

ああ、もう、どうか。
どうか今日が、夢じゃありませんように。


+++


僕の朝は早い。
目覚ましを止めてベッドに座り、太股に両手を添えて深呼吸。
今日も今日とて地球外生命体と、その他愉快な仲間達に何をされても自分を保てるよう、精神統一するのが習慣です。

でも、もう一つ習慣が増えました。

「いたい…ゆめじゃないです…」

右手でほっぺを摘んで引っ張る。
幸せが今日も続いていて、夢じゃないって、自覚する為の儀式です。
それだけで、今日も幸せ。

「なぁにやってんの…引っ張んなって、赤くなる」
「う。すいません…だって幸せなんですもん」
「ほんっと、かーわいいの」

もっ回寝よ、とユウジさんに誘われるまま、今日は二度寝。
起きたらまたほっぺをを摘んでみよう、と思った僕でした。


END