まず、僕の自己紹介をしようと思います。

瀬川朱鷺(せがわ とき)、四月にいち早く16歳になったピチピチの高校一年生。
中学の時不運にもマナブという地球外生物と同クラスになり、振り回され続けてもう三年とちょっと。
相変わらず幸せは逃げてばかりで振り向きもしないけれど、それでも仲間に出会い日々忙しく、そして楽しく過ごしています。

これはそんな僕に訪れた、恐らく一生分の幸せを詰めたであろう出会いの一日。のお話。


:トキのとある一日:


僕の朝は早い。
学校に行く日は勿論だけど、休日の朝は特に早く目覚ましをかけ、起きるようにしています。
何故かというと、それは僕の人間関係に起因します。

まず、不本意ながら一番過ごす時間の長いマナブは宇宙人なのでまともに日本語が通じません。
TPOは100%破りますし、どうしてか異常な程年中発情期。食事中にアダルトビデオを見るのが趣味だと豪語する彼と、人として付き合う事は初対面から30分で諦めました。その他にもマナブの非人道的行いはたくさんありますが、それはまたいずれ。

次に、僕の所属するチームの直轄の隊長であるチガヤさん。
No.3の地位に不釣り合いな体格は僕と大差ないのですが、可愛らしさは月とすっぽん。限りなく女顔に近い少年、と申しましょうか。それでも喧嘩の強さと、誰よりもチームを、しいては総長を愛する姿勢は僕の憧れです。が、この人も少し頭がおかしいらしく、普通の人間として付き合える気がしません。

それからマナブの直轄の隊長であるゴウさん。
それなりの月日をチームで過ごして来ましたが、彼の事は未だに理解出来ません。基本的に話しませんし、気が付いたらくぅくぅと惰眠を貪ってらっしゃるし、笑いも怒りもしないので理解出来るはずもありませんが。
きっとこういう方が社会不適合者なのだなと思った記憶がありますが、黙っていれば美男なので眠りライオンとかそれなりなキャッチコピーでモデルになればいいと思います。

ヨシさんは副総長であり、溜まり場の事実上の管理と情報系の作業を任されている一番の常識人です。恐らく暇なのでしょうが、いつ溜まり場に顔を出してもいらっしゃるし、ノートパソコンを開いておられます。でも、常識人は常識人なのですが性格が少し歪んでいるように思います。他人はおちょくってナンボ、あらぬ誤解を故意に与え、混乱する現場を蚊帳の外で眺めている時が一番楽しそう。関わってはいけない人物だと、成長した第六感が叫ぶのであまり近付く事はしません。

最後に、チームの総長。実は僕総長の名前知りません。
大抵携帯ゲームや雑誌のクイズなどに集中されていますし、いくら僕が小隊の隊長と言えど幹部の中では一番下っ端の層なので、安々とお近づきになる事は難しいのです。
すぐキレすぐ殴り、物も壊しますがヨシさんにはあまり逆らえないようです。後、最近はチガヤ隊長にも。見た目がアレなので、何だか残念だなとは思います。

とまぁ、ここに上げた方々が主な僕の人間関係代表なのですが、要するに一言で表すと、まともな人が一人も居ないのです。
他に親しい友人は居ません。皆マナブの居る所(つまり僕)に近付きたがらないからです。

そんなこんなでマナブに引っ張り回され溜まり場に向かう休日は、朝早く起きて精神統一をするのが僕の習慣となっている訳です。

ベットの上で正座し、手の平を太股の付け根に添えて深呼吸。
目を閉じれば、真っ暗な世界で強い自分を構成出来るのです。

僕は強い。すごく強い。
何がって心が。
誰に何言われてもめげません。
マナブが交差点の真ん中で僕の好きなアダルトビデオの嗜好を叫んでも、チガヤ隊長にまさかのちっちゃい発言をされても、ゴウさんの睡眠時に足置きにされても、ヨシさんに弱みを握られようが、総長に漫画を破かれようが。
僕は、泣き、ません!

「よし!いけます僕!頑張れ僕!」
「うっせーよトキ!時間見ろよ朝の5時だぞ死ね!」

小学生の弟に罵倒されても平気です!
…平気、ですもん。

+++


いつもよりいい調子で精神統一が出来て、気分が良かったのもつかの間。
僕は何とも惨めな気分でベンチに座っていました。

珍しく奢ると言い出したマナブに感動し、映画館に来た事がそもそもの間違いだったのです。
俺をベンチに座らせチケットを買う列に並んだマナブは、いつの間にやら消失。
いやホントに。瞬きしたら列の中から忽然と消えていました。僕ポカーンです。白昼夢ではないかと擦り続けた下瞼が摩擦に負けて切れたので、どうやら現実である模様。

普通ならば連絡を取るなり、戻って来るまで待つなり、先に溜まり場に行くなりと対処法があるのでしょうが、対マナブとなると如何せん一般論がまかり通らなくなります。

一度消えたマナブが僕を思い出し戻って来るパターンは、今までの経験上皆無。よって無し。
先に溜まり場に向かう、つまりマナブを放置すると、どこかで問題を起こし人様に迷惑をかける事態になる可能性が非常に高い。よってこれも却下。
そして今僕の携帯は修理に出しており手元にない。破壊したのは皆さん大好きあの暴君。泣きたい。

結局、僕が血眼になり探す羽目になるのですが。

「もう疲れましたパトラッシュ…どうして僕なのでしょう?神様、小学生の頃に戻りたいです」

マナブの居ない人生。なんてパラダイス!居ないなら居ないで寂しいなんて、間違っても口にする事はありません。

勿論マナブと行動するようになったお陰で出会えたチームの皆さんを思えばまぁいいかとも思いますが、マナブの人格を否定せずにはいられません。

もう少しまともであれば。
僕は我が儘でしょうか?
マナブに、どうか人間として生きてくれと願うのは、いけない事なのでしょうか?

うっかり根本的な問題を掘り起こし涙が滲みます。ですがここはまだ映画館の中のベンチですから、僕は目を閉じてゆっくりと長い溜め息を吐きました。
そうでもしないと泣いちゃいます。人混みに一人ぼっちというのは、何度経験しても心細いのです。

「大…丈夫か?お前」
「う?」

涙よー引っ込めー、と過去のマナブの所業を回想し気を紛らわせるつもりが、その後迷惑を被った自分までも思い出し余計辛くなるという不のスパイラルと戦っていた僕の隣に、そっと誰かが座りました。同時に気遣う声が聞こえます。
僕はびっくりして顔を上げました。

「え、え。何で泣いてんのお前、迷子?」

あなたこそ何、館内は禁煙でしょう。

隣の男は、髪色や服装は普通の青年なのにも関わらずどこかワイルドさ漂う男でした。
恐らく、太くて痛そうなピアスや顔立ち、後指に挟まる煙草が原因だと思われます。うんすごくアンバランス。なんかカッコイイ。

お互いがお互いに目をぱちくりと瞬く無言の時間が過ぎました。
男は男で僕の顔を、僕は男の頭の先から足の先までを凝視。失礼だと双方共に気付きません。

「で、大丈夫?」
「はい大丈夫です」
「何かあったん?もしかして本当に迷子か何か?」
「違います、連れが消えたので、面倒臭くて…」

泣きそうになってました、と無意味な弁解をする僕。こんな公衆の面前で泣くような歳ではありません。
そんな僕に少し笑って、男は取り出した携帯灰皿に煙草を押し込みます。持っていたんですねと安心する僕を余所に、その手で頭を撫でられました。

「じゃ、お兄さん家来っか?俺も連れにドタキャンされて泣きそうだったんよ」

およよ、と泣き真似をしてみせるその人。
ああ気遣われている。とても、とても、そう、僕の周りには居ない人種です。
そう気付いた瞬間、僕はコクリと頷いていました。

「ん、じゃあおいで。手でも繋いでやろっか?」
「…」
「素直な子は嫌いじゃねーぞ、と」

またコクリと。僕は馬鹿か。ああいや馬鹿は隊長の専売特許ですが。

決して僕に強制せず、意見を聞いて優しくしてくれるこの人に、マナブの事を忘れ僕は着いて行ったのでした。

+++


男の人はユウジと名乗りました。
歳は21。中学を卒業してすぐ鳶職を始めた社会人だそうです。
どうやら映画館のあるビルの近くにアパートがあるらしく、ほんの短い間でしたがユウジさんは和やかに自分の事を話してくれました。
その間、さりげなく、そして当たり前のように車道を歩いてくれた事に気付いたのは、僕がユウジさんの家に着いて暫くしてからです。
何て優しいのでしょう。
しかも押し付けがましくない。
かつてこんなに僕に優しい人が居たでしょうか?いえ居ません。

皆我が道を行く言わば自己中ですので、僕はいつもツッコミ、フォローし、マナブに関してはたくさん頭を下げて来ました。

そのせいで荒んだ心の中に、優しい春風が吹いたような気がします。ユウジさんが僕に何かを話す度、僕に何かを聞く度、そして笑いながら僕の頭を撫でる度。

僕は感じた事のない幸せを感じていました。

「トキ、寝んなよ」
「はい…」
「ダメだこりゃ」

頭上でユウジさんが小さく吹き出す音が聞こえます。
ですが最上級に心地好い状況に、僕はうつらうつらと船を漕いでいました。

何を隠そう今現在。
僕はユウジさんに膝枕をしていただき、しかも何故か耳掃除までさせていました。
いえ別に僕が強要した訳ではありません。
ただ、胡座をかいて座ったユウジさんを眺めていたら膝を叩いて促されたので、誘惑に負けたのかもしれません。

「ユウジさん…」
「んー?」
「きもちぃです…」
「そーかそーか。寝てな。起こしてやっから」
「ふんんん…」

さわさわと耳の中を撫でる麺棒の音とユウジさんの落ち着く声、そして暖かい太股の体温を抱きしめながら、僕は抗う事なく眠りの世界へ羽ばたきました。

目が覚めた時一番に、ユウジさんの顔が見たいなぁって、静かに祈りながら。