「なぁ、大河内さぁ、」
「死ね」
「まだ俺なんも言ってないじゃん!」
古文のじじいの子守唄を聞きながら惰眠を貪っていた俺を起こした木津が、少しワクワクした子供のような顔を見せた。
とりあえず、と挨拶変わりの暴言を吐く。そして吠える木津の顔に手の平を押し付けながら体を起こした。
「ぅぷはっ!ちょ、握り潰す気だった!?」
「あ?まだ捕まりたくねぇよ」
「まだって何予定はあんの!?」
「うるせぇ」
木津は俺の我が儘にも暴言にも怯まないが、些か喧しい上に鬱陶しい。こいつといい、遊依といい、どうして周りにはこんなタイプしか居ないんだと溜め息をつきたくなった。
そうだ。あんまり度が過ぎて煩い時は、三咲にちょっかい出すぞと脅してやろう。木津は勿論、遊依にも大打撃。三咲はただのとばっちりだが。
「で、何」
「あーそうそう。最近さぁ、一宮君よく来るよな。一緒に飯食った日から。付き合ってんの?」
「んな訳あるか死ね」
「えー、俺明輝を残して死ねない!」
「うっぜぇ…」
なら一緒に逝けと殴ってやりたい衝動に駆られる。
そして木津が可笑しそうに笑い指差した方を見た瞬間、終業のチャイムが鳴った。
「一緒に帰るんだろ?」
「…黙れ」
そこには勿論、渦中の人物が目を輝かせて扉から顔を覗かせていて。
ここ暫く日課へと変わりつつある二人きりの帰り道を、今日も辿るのだと俺に教えた。
鞄を引っつかんで教室を出る。
当たり前のように隣に並ぶ遊依は、いつもの満面の笑顔を装備していた。
「先輩!帰りマック寄らへん?」
「ん」
「やった!これデートっぽくない?」
「黙れガキ」
一人騒ぐ遊依の、中途半端な場所にあるヘアバンドを目元まで下げてやった。
無防備に唇だけを晒すそこに噛み付いてやろうかと、僅かに首を擡げ始めた淡いとは言えない欲望を、遊依を放置する事で紛らわせるのも。
また、日常と化していた。