『こんばんは、染谷さん。明日は予定通りでよろしいでしょうか?よろしければ明日、19時に約束の場所でお待ちしております…明輝と。五坂』

【溜息日和】

昨夜届いた確認のメールをもう一度見てから、十夜は携帯を閉じてポケットに閉まった。
時刻は18時25分。少し早めに着いてしまったかと思ったが電車の都合だから仕方がない。
休日の夕方ということもあってか、駅周辺には自分達と同じくらいの少年少女達がわらわらと集まり始めていた。

「兄ちゃん、ちょっとはよ着きすぎたんちゃう?」

「まあ…いいんじゃないかな」

十夜は祐希を促して、ロータリーのど真ん中に聳え立つメルヘンなアンティーク調の時計台へ向かった。
男4人の待ち合わせ場所にしてはなんとも痛々しいことこの上ないが、やはり目立つ場所といえばここだろう。

同様にカップル達が待ち合わせをする中、十夜は肩身の狭い思いで時計台の壁に背を預けた。

「おや、僕が待ち合わせで相手を待たせるだなんて」

それから少しの時間も経たない内に聞こえた知り合いの声に、十夜はそちらへ顔を向けた。
そこには想像通り、ひょんなことで知り合いになった郷士と、弟と大して変わらない背丈の可愛らしい少年が立っていた。

「電車の時間の都合でね」

「兄ちゃん、この人?」

「初めまして、話しには聞いています弟さんですね。僕は五坂郷士と申します。そしてこの子が」

「あ、初めまして!三咲明輝です!よ、よろしくお願いします!」

「俺は染谷十夜で、こっちが弟の祐希だよ。初めまして」

「よろしくな!!」

十夜と郷士以外は初対面だが問題なく自己紹介が済み、4人はとりあえず店が混む前にと飲食街へ向かった。

灯りだしたネオンの中、賑わいだした店がずらりと立ち並ぶ。
どこで夕食を摂るか4人で議論した結果、無難にファミリーレストランがいいだろうと結論付いた。
店内に入るとアルバイトらしい店員がわざとらしい猫撫で声でいらっしゃいませと告げる。
そしてその店員が慌てて案内をするために出てきた瞬間、十夜とパチリと目が合いわかりやすく頬を染めた。

「いいいいらっしゃま、せぇ!!」

面白いほどに接客の基本用語を噛んだその店員は、十夜から郷士へ視線を移し、赤い顔をさらに赤く上気させた

郷士は媚びた視線に隠すことなく嫌悪を表し、顔を歪める。
その様子を見て慌てて取り繕おうとする明輝はどこは小動物のようだ。
祐希は我関せずとショーケースのサンプルを見ていて、十夜は苦笑いを零しながら店員へ人数を伝えた。

「4人です、喫煙席で。」

「あ、わわわ分かりました!ここここちらへどうぞ!!」

「全く、こういうところの接客はなってないですね。」

「わわわ!聞こえちゃうよ!」

「聞こえるように言ってるのですよ。」

「腹減ったー!!」

個性があるのは素晴らしいが些か自由人が2人混じっている気がする。
悪くはないとは思いながらも十夜は溜め息を禁じえなかった。

案内されたテーブルに連れ同士座りメニュー表を開く。
時期に合わせて変わるメニューは秋一色に移り変わっている。

「明輝何食べるん?」

「えと、きのこのクリームパスタかな?」

「食いもんすら可愛い…!」

「え…?」

「何この生物!!」

向かい同士に座った明輝と祐希は楽しそうに会話をしている。
とは言ってもほぼ祐希の一方通行でしかなくて、弟の可愛い物好きを熟知している十夜はそっと郷士の顔を伺い見た。

「…っち。」

当の郷士は隣の距離という明輝にすら聞こえないくらい小さな舌打ちを零し、その2人の光景を忌々しいとでも言うように窓の外へ視線を向けた。

その一連の動作に笑いを噛み殺しながら十夜が声を潜めて郷士に話しかけた。

「ごめんね、ゆーちゃんに悪気はないんだ。明輝くんが可愛いから我慢できないんだと思うよ。」

「明輝が可愛いのは分かってます。それに明輝も楽しそうなので、何も言いませんよ。」

「ならいいけどね。見てる分には可愛いし。」

少しばかり不満そうだが郷士は精神的に大人なようだ。
隣を見れば子ウサギと子ザルがじゃれているようで知らず頬が緩む。
聞く限りお互い全寮制の高校に通っているため、新たな友人に出会えたことも嬉しいのだろう。

「郷士は何食べるの?」

「兄ちゃん決まったん?」

隣でしていた会話など知る由もない2人が無邪気な笑顔をこちらに向ける。
郷士と十夜は顔を見合わせて仕方ないというように笑った。

「俺はもう決まったよ。」

「僕も決まってます。」

「ほな店員呼ぶでー!」

明輝が呼び出しボタンを指差すのに対し、祐希が恥ずかしいぐらいの大声で店員を呼ぶ。
祐希を除く3人はその馬鹿丸出しの行動に揃って疑問符を口にした。

「あ…ボタン、あったんだけど…」

「え!そうなん!?先言うてよ!」

「言おうとしたんだけどね…」

苦笑いの明輝を笑い飛ばした祐希が軽くごめんと謝っていると、パート店員であろうミセスなおば様が勝ち誇ったような顔で駆けてきた。

「あらあらまあまあ!近くで見るとますますイケてるメンズじゃな〜い!」

「「……」」

4人が各々の反応を返すなか、ミセスはそのおかしな空気に気付いたのか取り繕うように笑顔を貼り付けた。
おば様はすごい。空気に動じることはない。

「ごめんなさいね〜興奮しちゃって〜!注文をどうぞ〜」

不機嫌そうな郷士と、付いていけていない子ウサギと子ザルの様子を見て十夜は諦めたように口を開いた。
やはり個性があるのはいいが、自由すぎるのは大問題だ、と溜め息を吐きながら。

+++

「「いただきまーす!」」

「「いただきます」」

4人揃って行儀良く手を合わせ、目前に置かれた料理に手をつける。
安くて早くて美味いを謳い文句にしているだけあって、質より量といった風の料理だった。

男子高校生らしく、その殆どがカロリーの高い胃に溜まるものばかりだ。
熱した鉄板に乗る肉類とソースがジュージューと音を立てながら食欲を誘う香りを立ち昇らせている。

「…それって持ち歩くものだっけ…?」

明輝の理解に苦しむような声色が控えめに落ちる。
十夜と祐希は意味がわからず首を傾げたが、郷士と明輝の視線は間違いなく、祐希の手元と料理に向かっていた。
成る程と十夜が苦く笑い、祐希の手に握られたそれを指先でつつく。
そうされて漸く明輝の質問の意図に気付いた祐希は、それでも尚首を傾げた。

「普通持ち歩かんの?」

「普通は持ち歩かないよね…」

「まぁ、そうだよね。」

「俗に言うマヨラーってやつですよね。」

冷静な郷士の言葉が妙に笑いを誘う。
祐希は明らかに納得していない顔で、それでも気を取り直してマヨネーズのかかった料理を頬張っていた。

「明輝くん、早く食べないと冷めちゃうよ。」

「あ、はい…」

未だ呆然とする明輝に声をかけて、十夜もやっとこさフォークを料理に突き刺した。

+++

「あのぉ…すいません、ちょっといいですかぁ?」

「んー?」

そろそろ全員が食事を終えるかと言ったところで、ギャルチックな今風女子高生がおずおずとテーブルの前に立った。
そちらも同じ4人組の女の子達は、一人を先頭にしてその背中に隠れるようにしてこちらを伺っている。
先頭の代表格的な女の子は、両手で携帯を握り締めて、意を決したように口を開いた。

「突然で申し訳ないんですけどぉ、あの、写真一緒に撮ってもらってもいいですかぁ?」

間延びした口調だが、その実彼女は至極真剣なようだ。
容姿や格好は若者らしく派手だが、気は優しそう。
後ろに控える女の子達が揃ってその背中を押している事から、頼まれたら断れない性格なのだろうと推測出来た。

「どないするん?」

「え、え、え、え?」

彼女らに一番近い位置に座る明輝は、当惑した表情で祐希と女の子達を交互に見ている。
ふと十夜が郷士を見ると、少し俯いたその眉間にはしっかりと皺が寄っていた。

困ったな、と十夜は再び溜め息を吐く。
人に言わせれば、溜め息を吐くと幸せが逃げるらしいが、それなら今日一日、しかも夕方からだけでいくつ幸せを逃がしてしまったのだろう。
溜め息日和。悪くない、とは言えない。

「ごめんね、悪いけど…そうゆうのはちょっと…俺達芸能人な訳でもないし。」

早く引いてくれと願いながら、慎重に言葉を選んで申し訳なさそうな顔を作って見せる。
戸惑う明輝も可哀相だし、これ以上不機嫌な郷士を不機嫌にするのは、さすがの十夜でも憚られた。
対して、祐希は何事もなかったかのように食事を再開しているけれど。

「そ、そう言わずにぃ…一枚、一枚だけでいいんですけどぉ…」

「いや…そう言われても…」

眉をハの字に垂れた明輝が、懇願するように十夜を見つめる。
それだけで、一枚撮ってしまえば早く終わるという選択肢を切り捨てざるを得なかった。

「お願いし」

「人が下手に出てりゃ調子に乗りやがって、テメェら相手が女だからって俺が優しく言うとか思ってんじゃねぇぞ!!!副音声の迷惑だから消えろってのが聞こえねぇのか!!!」

いつの間にか眼鏡を外し、声色に怒気を織り交ぜて早口に捲くし立てた郷士は、作った握り拳で強くテーブルを叩き付けた。
その拍子に食器がガチャリと音を立て、それと同時に騒がしかった店内までも静まり返る。
郷士の怒りを一身に受けた女の子達は表情を強張らせて身を硬くしてしまった。

その間に挟まれた明輝までもが姿勢を正し、祐希はただポカンと口を開けて郷士を見つめていて。
間に合わなかった、と十夜は苦く笑った。

「おい!!いつまでそこに突っ立ってんだよ!!…散れ。」

「「すすすすいませんでしたぁ!!!」」

散れと郷士が言ったように正しく、散り散りに女の子達は店を出て行く。
どうやらお会計を済ませた後こちらに来たようだ。
それを見届けた郷士は怯える明輝の頭を優しく撫で、先ほどまでとは180度違う甘さを含んだ声でその端正な顔を微笑みに変えた。

「明輝、ビビらせて悪かったな。」

「う…うん…」

「明輝を困らせる奴は許せなかったから。」

「あ、ありがとう…?」

「気にすんな。…見てんじゃねーよ!!!」

未だ静まり返ったまま郷士と明輝の動向を見守る店内の人達に向け、トドメとばかりに郷士が声を荒げる。
その途端、わざとらしい活気を取り戻した店内に満足そうに微笑み、何事もなかったように眼鏡を掛け直した。

「兄ちゃん…あれ何ー?」

「うーん、そういう種族なんだよ。」

「そうなんや!郷士お前めっちゃおもろいな!!」

「何のことでしょう?」

とぼける郷士に対し、祐希は新しいおもちゃを見つけたかのような眩しい笑顔で詰め寄っている。
何度さらりとかわされてもそれすら祐希は楽しいようだ。
十夜は逃げるように宙に視線をやり、何度目かわからない溜め息を吐いた。

明輝を見ると、チラチラと寄せられる店内からの視線に一々ビクつくかせていて、目が合うと大きな目を潤ませ今にも泣きそうな表情をして見せた。
郷士と祐希を放って、もうこのファミレス来れないね、そうだねとアイコンタクトを交わした2人は本日最大の溜め息を吐いた。

今度は個室にしよう、そう切に願った十夜だった。

「なぁなぁ郷士!もっかい眼鏡外してー!!」

「お断りします。」

…やっぱり出前にしよう、と心に誓った。

END