ここでとある舎弟のとある一日を紹介しよう。

朝起きる。
支度をする。
直属の幹部に弄られても負けないように精神統一をする。
溜まり場に向かう。
暇なのでマナブと出掛ける。
知らない人に声をかけられる。
怪しいが酷いくらい優しくて、言われるままマナブを放置し着いて行く。
膝枕で耳掃除をされる。
気持ち良くて寝てしまう。
寝ている間に縛られる。
起きてびっくりしたがやはりその人が優しくて日頃の愚痴を零す。
解放される。
離れ難くて泣く。
じゃあ付き合うかと言われて頷く。
溜まり場まで送ってもらう。

「幸せな日です…」
「俺は君の将来が死ぬ程心配だよー」
「ホモ菌増殖?」
「俺らも便乗するー?」
「流行りなら」
「え。……え?」

ポトリと落ちたメロンソーダ付きのストローだけが平和な雰囲気を醸し出していた。

:馬鹿と総長:


着いて来いと言われるまま大人しく総長に着いて行く事10分。
と言うか、長い御御足(おみあし)をフルに使われたら胴長短足の俺は駆け足だからね総長!息切れしてるの気付いて総長!

「遅ぇ!……足短ぇなら先に言え!」
「すいません察して下さい!」
「チガヤの分際で生意気だ!」
「総長、名前知ってたんスね」

振り返って、俺が追い付くのを待ってくれた総長。しかも名前呼び付き。
思わず零したその呟きに、総長は真顔になった。釣られて俺も真顔になる。立ち止まった総長との距離は、俺が伸ばした手だけじゃ埋められない遠さだった。

「…てめぇん家と、俺ん家」
「、え?」
「どっちがいいか聞いてんだよ馬鹿チビ!」
「よよよよろしければ総長のお宅に行ってみたいですすいません!」

やはり怒鳴られてつい頭を下げた俺に総長は鼻を鳴らして、来いと言った。
顔を上げると、目の前に突き出された手の平が見える。

「総長?」
「その馬鹿な頭で察しろよ馬鹿」

真剣な顔で、総長は手を出したまま動かない。
俺ははて、はて、とたくさん悩んで、そぉっとその手を両手で包み込んだ。
総長の手は喧嘩のせいで拳が固くなっていて、手の平もかさついている。でも、

「暖かい、ですね」
「てめぇは手も小っせーな。細せーし。…行くぞ」

きゅうと握ると、総長が仕方ないなぁみたいな優しい顔で笑う。
俺はドギマギして手汗がドバドバ出そうで、でも離すなんて勿体ない事出来そうになくて、引かれるまま総長と手を繋いで歩いた。

+++


「まぁ適当に座れ」
「総長の匂い…」
「わかったから座れ鬱陶しい!」
「あだっ!」

初めて訪れた総長のお家は、総長の大学に近い小さなアパートだった。
そして総長マニアには堪らない、

「脱いだ服…洗濯物…使用済マグカップ…っ!やっべテンションMAX!」
「てめぇシリアスムード続かねぇ奴だな…っ!」

二度叩かれた頭は痛いが、とりあえずテーブルの前に正座して部屋を見回した。
一人暮らしらしく、綺麗に整頓されたとは言えないが汚くもない。
カーテンレールにかけられている特攻服は久しぶりに見たけどやっぱり格好いいし、乱雑に詰まれたDVDやCDも、男くさくて格好いい。
テーブル上には鏡とワックスがあって、スプレーが倒れていた。俺とデートだから気合い入れてくれたのかな、とかちょっと調子に乗ってみる。

「わり、茶でいいか?いいよな」
「わたくしめには水道水でも勿体ないです…!」
「はい茶ぁ」
「ありがとうございます!」

ペットボトルのお茶を俺に渡し、総長は真向かいに座った。そしてその背後にあるパイプベッドにもたれ掛かる。曝されたシャープなアウトラインがすごく綺麗だったけど、総長の雰囲気が囃し立てる事を許さなかった。戻って来い俺の馬鹿さ。気付いたらもう馬鹿発言も出来ないじゃないか。

「……」
「……」

そうして重苦しい沈黙が過ぎる。

ホントは彼女さんどうしたのかとか、どうして俺を連れて来たのかとか、たくさん聞きたい事はあった。でも何か聞けなかった。口を開けばないまぜになった嬉しさと、嫉妬と悲しさと醜い独占欲で何言うか自分でもわからなかったからだ。

「お前さ、」
「は、はい!」

総長が頭を起こす。細めた目で俺を睨んで、顎をくいっと横に動かした。

「こっち、座れ」
「こっち?ってどっち?」
「いいからこっち来い馬鹿!」

また怒られた。

そろりと立ち上がって、多分総長が示した場所、つまり隣までずりずり近付く。
そしていざ座りこんでみたものの、総長の方を向いて座ればいいのか総長と同じ方向を向いて座ればいいのかわからなくて、結局総長の方を向いて正座してみた。緊張でムズムズする。じっとこっちを見る総長を見れなくて、合わせた膝へ視線を落とした。

「…そうゆう奴だよなやっぱ」
「え?」
「調子狂う」
「すいません…」
「いい。俺が動きゃいいんだろ」

総長何言ってんだろう。
もうホント真剣に訳わかんなくなって来た俺に、呆れたように笑った総長が手を伸ばして来た。
なんだか恐れ多くて身を引く。これはもう条件反射だな。

「動くな」

でも、総長の言葉は絶対。
これは優先順位の遥かに高い条件反射だったりする。

「動くな。…なぁ、チガヤ。逃げずに聞け」
「に、にげませぬ…」
「何語だ馬鹿」

身を引いた中途半端な体制で硬直した俺の肩を、総長が掴んで引く。前のめりになったけど、俺の行き着いた先はカーペットじゃなくて総長の首根っこだった。
右腕だけで囲むように引き寄せられて、Vネックのセーターから覗く総長の鎖骨が顎に刺さって痛い。でも心臓もっと痛い。何だこれ。俺病気かもしれない。きっと総長も病気だ。今日は変過ぎて、いっそ夢かもしれないと頭が湧きそうだった。

「一つずつ話すから、ちゃんと聞けよ。一度しか言わねえから」
「はぃぃ…」
「あの動物園で会った女、彼女じゃねえよ」
「え!?」
「名前も顔も知らねぇ」
「うひょー…ん」

あんなに親しげに話しかけて来たのに。まさかのまさかだ。
総長は長い溜め息を俺の耳元で吐いて、もう片腕も背中に回してきた。持ち上げられるように膝の間に置かれて、余すとこありませーん!てくらいの密着度。
死んだ。俺死んだよ。心臓は馬鹿みたいに動いてるけどね!

「お前、デート初めてだったか?」
「…はい」
「俺もだ」
「ええぇっ!?」
「うっせぇ耳元で叫ぶな!」
「しゅいましぇん…」

怒鳴り返された俺の耳もキーンだけど。

「キスもセックスも、初めてじゃねえけど、デートはお前が初めてだ」

それから抑えた声でゆっくり話す総長に、俺は何も言えずにいた。
さっきまではごちゃごちゃな感情でぐちゃぐちゃしてたけど、今はただ幸せで泣きそうだったからだ。多分今何か喋ったらうぇってなる気がする。

「チガヤ、」

そんな色々とやばい俺の顔を両手で挟んで、総長が覗き混んで来た。そして笑う。ぶっさいくって、笑った。

「俺が好きか」
「っはい、だいすきです…っ」
「俺はそんなお前が好きになった」
「ぅふぇ、ぅえっ」
「だからもう逃げんな。逃げたら捨てる」

しゃくりあげる俺の頬を指先で撫でながら、総長はデコを合わせて来た。ツヤツヤの黒髪がさらりとくすぐったい。
これってどうゆう事?夢?夢なの神様。
幸せ過ぎて今死んでもいい気がしてきた。あ、でも勿体ないからやっぱなし。

「こうやって見てると、可愛いもんだな」
「総長ラブーーー!!」
「知ってら」

あっけらかんと笑って、ベッドの上にあったタオルで顔を拭われた。少し痛かったけど、総長だから何とも思わなかった。

「サイにはやんねぇから」
「んぐ、知り合い、でずが?」
「や、赤の他人という名の兄貴」
「びぇぇぇ!?」
「うっせぇ一々叫ぶな!」

べしゃっと顔をタオルで押さえつけられる。苦しいです総長。DVですね総長!あはん堪らない。

「…………おい」
「ふぁい?」
「そういやてめぇやすやすとキスされてやがったな…」
「あ」

みしりと総長の眉間にシワが寄る。
そう言えばそんな事もあったなぁと考えて、俺の緩んだ口はやはり、いらん事を口走った。

「ファーストキスだった」


ぶちん。


「ほぉ…。彼氏の前でキスされた挙げ句それが初めてだったと。ほーぉ、いい度胸だな馬鹿チビ」

俺の両側にあった総長の足が、逃がさないと言わんばかりに背後でクロスしてゆく。それに比例して眉間のシワはなくなっていったが、その代わり額に青筋を浮かばせた総長という恐すぎる映像を見る羽目になった。
やばいこれ何スイッチ?あ、死亡フラグですか?

「チガヤ!」
「ひゃい!」

がしっというよりべちっ、と、総長の両手が側頭部を挟みこむ。
勢い良すぎて追加の涙が出る程痛い。見上げると、綺麗な笑顔の総長(青筋バージョン)がいた。

「まずお仕置きしとくか」
「ひぃぃぃぃっ!」
「まぁ俺も鬼じゃねぇからな。……、……」

そう言って耳元に唇を寄せた総長は、小さな声で俺に絶対の命令を下して、ヘロヘロになるまでキスの嵐を寄越した。


(俺の名前を呼んでみろチガヤ)
END