昔、と言うよりつい最近、馬鹿は一番下の姉、椿のハマっている少女漫画を読破した事がある。

主人公である華恋ちゃんは可愛らしくて天然で、ドジで慌てんぼう、おまけに一人称は「華恋ちゃん」という在り来り過ぎて今時珍しい王道をウフフアハハとスキップしてしまう人物だ。

しかも物語は担任から押し付けられた大量のプリントを抱えた華恋ちゃんが無謀にも廊下を小走りしている最中、曲がり角でイケメン教師にぶつかるというこれまたありえない定番トラブルをきっかけに始まる。

その名も「華恋の秘密な放課後(はぁと)」だ。タイトルだけを見れば確実にエロ漫画だと思われるであろうが、その通り、確かに華恋ちゃんは淫乱でど変態設定な激エロ漫画だった。

椿含めこの漫画を愛読する人間は、大抵ストレス発散代わりに読んで鼻で笑うのだが、やはり馬鹿は少し違った。

「俺も先生の頼み事は聞こうかな…っ!」

誰とぶつかりたいんだ。馬鹿め。


【馬鹿とともだち】


小学校に入学したあの日、意味もわからず歌ったかの有名なあの歌を今でも覚えている。
一年生になったら友達100人。そしてその全員で、富士山に登り持参したお握りを頬張るのだ。中身の具は鮭でもシーマヨでも昆布でもいい。ちなみに俺はちょっとお高いがコンビニのサーモンイクラがお気に入り。

「いっちねーんせーいになったーらー」
「今二年」
「いっちねーんせーいになったーらー!」
「もうすぐ三年でしたね」
「ともだっちひゃくにんでっきるっかなー!!」
「てかさてかさてかさ人類皆兄弟じゃね?穴棒友フォー!」
「友達どころじゃないなあはんブラザーズ!」

歌ってる俺を除いて上からゴウ、トキ、マナブ。
トキは俺達のチームで俺が任せられている小隊の長で、ピョコピョコ跳ねたくせ毛が俺とお揃いなかわゆい奴。
マナブはゴウの小隊の長だ。丸坊主で、何かわかんないけど言動がぶっ飛んでる気がする。

そんな四人で今日は楽しくカラオケって来たのだ。

無口を貫き通すつもりなのか、ゴウはやはりあの爆音の中で寝ていたけれど、そのせいでただのカラオケ大会が誰が一番喧しくしてゴウを起こせるかの勝負になった事は言うまでもない。勿論誰も無理だった。奴の耳には自動の耳栓が内蔵されているに違いない。
コンピューターで作られた美少女の声真似をしながら頑張った俺の喉は悲惨な事になったけど。

「この後どうします?」

隣を歩くトキが、俺と後ろの二人を見ながら言った。
時刻は多分大まかに夕方。男子高校生の腹はキュルキュルどころかグルグルボコンと色気のカケラもない音を響かせている。
疑問形ではあるが、その実問い掛けられたのはどこで夕飯をとるか、だろう。

「いつもの所にしますか?」
「えー、あっこの姉ちゃん俺ら見て欲情すっからダメぷー」
「マナブには聞いてません」
「ツンデレはもう古いぜトキちゅわーん」
「ゴウ何食べたい?」

何だかんだ仲がいい子分二人を放って、半分目を閉じかけているゴウの腹筋を叩く。薄く反応を示したゴウは、煌々と看板にライトを点しだす商店街を見渡し、道端で無意味に腰を振るスキンヘッドを殴って俺を見た。

俺を見る。それはもう、蜂の巣になりそうな勢いで。

「飯」
「オッケーわかったじゃあうちにレッツラゴー!」
「今ので会話成り立つんですか!?」
「ハッハーンもしや隊長達ホモってん、」
「マナブは黙ってなさい!」

と、言う訳でやはり仲の良い子分二人を引き連れて、俺は真っ直ぐ家に向かったのだった。

てか俺がホモりたいのは総長とだから。そこんとこ間違えな

「飯」
「聞けよ!」

***


そうして帰宅してすぐ、俺はトキを助手に任命して簡単でしかもボリュームのある夕飯を手早く作り、腹を減らした燃費の悪い不良二人の飯コールを黙らせた。ちなみにメニューはそばめしだ。安くてうまくて炭水化物満更だからお腹も膨れて一石二鳥ってね!
その際トキの包丁捌きが異常な程下手くそで、俺は一瞬血みどろのまな板を幻覚で見た。すぐさま炒め係に降格させたのは言うまでもない。何なんだ。器用そうな顔してるくせに!
そう言ったら物凄く謝られて整形しますと言われた。宥めるのも一苦労だ。

「てかさーてかさーこの部屋エロ本ねーの?」
「こらマナブ!隊長の部屋ですよ!漁らない!」
「ここ」
「なんでゴウさん知ってるんですか!?」
「まぁまぁトキ、落ち着こう?」
「隊長もっと焦ってくださいよぉっ!!」

うちのトキちゃんは怒りん坊さんだなーと言いながら、勝手知ったるゴウがカーペットをめくって取り出したエロ本を一緒になって覗きこむ。
俺の女の子の趣味はロリ顔爆乳だ。幼い顔をしてるくせに首から下がボンッキュッボンだと物凄く興奮する。乳はこの世の至宝だ。

「隊長乳フェチですか…?」
「おうともよ!一回でいいから挟まれたいね!どこがとは言わないけど!」
「でもさー総長好きなんっしょ?ホモじゃねーの?」
「総長は別格!乳よりもワキよりもふくらはぎよりも神!」

マナブとトキの痛々しい視線が生温くこちらへ向けられる。
柔らかい女の子も好きっちゃ好きだけど、俺はやっぱり総長の逞しい体に興奮するのだ。もうそのエロ本じゃ役不足だかんね!俺はいつかの総長の裸体で毎晩ほにゃらら云々。

「ワキってどうなのさ変態か」
「ふくらはぎですか…」
「総長じゃヌけない」
「ワキとふくらはぎと総長の良さがわかんないとか…お前ら腐ってんな!!そんなお馬鹿ちゃん達には俺秘蔵の官能漫画を音読してやる!」

全く最近の若い奴はクズだ!クソだ!アンポンタンだ!
俺はワキとふくらはぎに目覚めるきっかけとなった漫画を一冊、ベッドの下から取り出し開いた。
ロリ顔巨乳の華恋ちゃんが、頭上で手首を拘束され大粒の涙を零しているシーンだ。泣いてる理由はただ一つ。相手役の教師が小一時間ワキの下を舐めつづけたから。

「やだっ…華恋そんなの嫌っ……、嫌じゃないだろう?君のここは舐めて欲しくてこんなに綺麗なんじゃな」
「おいコラ馬鹿チビ」
「いのか?ツルツルで真っ白…はぇっ?」

この漫画は華恋ちゃんの喘ぎと先生の台詞、それから何とも粘っこい効果音ばっかりで構成されているから必然的に吹き出しの中を音読するしかない。
学校で読まされる教科書よりずっとずっと感情を乗せるのが難しいそれを頑張って読んでいると、頭の上にズシリと圧力がかかった。

動かない頭は諦めて視線を上げる。目の前の子分二人はポカンと俺の頭上を見つめていた。ゴウはあれだ、寝てる。

「てめぇ、何日も店に顔出しやがらねぇと思ったらんな破廉恥な事やってんのか。あ?」
「そそそそそーちょー…?」
「はい総長です。言い残した事があるなら聞いてやる」

硬直して瞬きも出来ない俺の前で、可愛い可愛い子分がそっと立ち上がり、船を漕ぐゴウの首根っこを掴んですごすごと部屋を後にした。
俺総長好き好き大好きだけど、今は嬉しくない。避けてたの知ってるじゃん皆、飯の恩を仇で返すような子に育てた覚えはありません…っ!!

「なぁ」

はい、と喉が音を絞り出す前に、その意思さえも潰れるような優しい温もりが背中を覆った。
首の横から伸びた腕。ぐっと濃くなった匂いが、無情にも俺の意識を覚醒させる。

「てめぇに俺を避ける権利があるとでも思ってんのか」
「そ、そ、そ、」
「まさかヤったら終わりか?」
「ちがっそうちょ、あの、離」
「あいつらとは普段からツルんでるくせに」

総長が、俺に、触れている。
それだけで頭が沸々と沸き立ち、抜ける気配のない熱が足先までを覆い尽くす。
やばいこれは熱中症だ、総長熱中症。意味わかんないけど、それくらい混乱してる事は確か!

「んだよ、エロ漫画?雑誌?ハッ」
「うぐぇっ」

前方に散らばったままの雑誌と、俺の膝の上の漫画を見る為か総長の体重が背中に乗る。正座のまま前のめりになった俺はやっぱり硬直したまんまだったから、デコからカーペットに突っ伏して呼吸困難と戦っていた。二重の意味で。

「俺じゃヌけねーってか」
「と、とんでもない!総長の裸体で3発はいけますモーニングたっちで!」
「お、日本語喋った」
「僕は死にましぇーん!」
「アホか。あ、馬鹿か」
「言葉の暴力…っ!」

総長が何かを口にする度、後頭部ら辺にある唇からの振動が鼓膜を揺らす。顔の横には肘があって、俺の寝癖を擽るように梳いていた。
その神経も何も通ってない場所への接触が、酷くやらしい。多分それだけで熱を持つ俺がやらしくて浅ましいだけで、総長はそんなつもりじゃない。そう何度も言い聞かせ、無理矢理な笑い声を上げる俺の声を、愛しくて憎らしいその唇がまた遮った。

「暴力じゃねぇよ。DVだろ」
「……っ!」
「友達ばっか優先すんな。そんなん、」

俺が許すと思うなよ。


そう言って、総長は俺の肩に噛み付いて笑った。


(知ってるんだ。お酒飲んで来たからそんな事言ったんでしょ総長ってば!!)
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