「あぁあぁぁあ鬱陶しい…何なのさーこの焦れったさー」

どれだけ二人きりにとお膳立てしようと、未だ手も握らない馬鹿共にヨシは焦れていた。
気まぐれな自己中と、腰の低さが底辺な馬鹿。
くっついたらそれはそれで面白いのに。

「あー言ってみたいなぁ、このホモップルーおホモ達ー」

彼の思惑の根底など、所詮その程度のくだらなさである。


【馬鹿とおはよう】


ひー、ひー、ふー…あ、間違えたこれラマーズ法だ。

うっかり妊婦さんのように汗ばみながら呼吸していた事に気付いて、そっと詰めていた息を吐き出した。長く吐き出し過ぎて頭がクラクラする。酸欠の初期症状なのかどうなのこれ。

(な、な、な、な、)

なんじゃこりゃーーー!!!

と叫びたいけど、俺はなんとか声を出さずに飲み込んだ。
隣の家のおじさんが、毎朝の恒例である愛犬(マルチーズ)に吠えられ泣き叫ぶ声で目が覚めたはいいが、その瞬間俺の世界は時間を止めた。

暖かい布団、いつもより深く沈んだベッド。頭上と腹の上から伸びる腕を辿った結果、行き着いた場所で目を閉じるうううう麗しきそそそそそ総長様。

な ぜ こ こ に ! ?

なんなのこれ夢?俺死んだの?もしくは明日死ぬの?最後にいい思いさしてやろっかってゆう神様の悪戯?

「…ぅぅん……」
「!!!」

THE げ ん じ つ ☆

唸る声も眉間のシワもステキ過ぎる。けどいつもみたくうっとりする程の余裕は今の俺になかった。

いや落ち着こう。まず落ち着こう。ひーひーふー…だから違うって。
深呼吸が第一だと吸って吐いて吸って吐いて、そのうち総長の匂いに包まれている事に気付いて頭が沸きそうになった。
虫が湧く方じゃなくて、今ならヤカンでお湯が沸かせるよー!の沸くだ。いやいやそんな事言ってる場合じゃない。

まさしく現実逃避としか言えない思考をぶった切って、昨夜の事を思い出す。

確か祝勝会で、始まって…あれれおかしいな、全く記憶がないぞ。
ゴウとジョッキをごっつんこさせて、飲んだ。ピーチだ。チューハイピーチ。甘くて美味しかった。
でもその甘いピーチシロップの味の後にアルコール独特の苦みが口の中に広がって、うっわ苦い!甘いままで終われよこんちくしょ!なぁんて思って、……それから記憶がないみたいだ。

つまりはあれか、いつもみたく潰れちゃったのか。
けど常ならば俺を家に運ぶのは大抵ゴウで、彼が居ない場合は悲しいかな放置だ。

もしかして、もしかして、総長が俺ごときを運んでくれた?
俺重いって総長言ってたのに、うっそーん。

「ご…ご飯、つくろ…」

そうだ。
記憶がない間の事をいくら思いだそうとしてみても、何の進展もないのはよくわかっている。
確かな事は今、俺の隣で大好きな総長がすやすやと眠っているって事だけだ。

ならば俺が今しなければならない事は、総長が起きた時に謝る事と、俺なんかが作るのは烏滸がましいけれど、朝食を献上する事だけだ。

そうと決まれば話は早い。
俺は三分四十七秒程かけて総長の腕で出来た豪華な檻を抜け出して、そっと冷たいフローリングに足を付けた。
二人分の体温で暖められた布団内との温度差に体がぶるりと震える。
これはリビングも早く暖房をつけなきゃなと、急いで一階へ向かった。

+++

総長は見るからに肉食だけど、案外ああ見えて雑食である。
あ、いや、何でもかんでも見境なく食べるという意味ではなくて、バランスよく食事を取るという意味で。

焼肉屋に行った時は肉三枚の後に野菜を必ず食べ、スープとサラダを最初に食べる。
定食屋ではバランスのいい幕ノ内系。栄養が偏るからファミレスはあまり好きじゃないらしい。コンビニ通いの連中は信じられないんだとか。オヤツは別だけど。

好き嫌いがない。ただ一つ、納豆を除いて。

「よし、こんなもんかい…」

総長がご飯を食べる横顔は信じられないくらい格好いいんだ!と思い出に浸っている間に、目の前には朝食が完成していた。
我ながらナイス現実逃避。ナイス慣れ。普段の積み重ねがこんな所で役に立つとは、やはり人生に無駄な事など一つもないらしい。

炊きたてのご飯と、もやしとほうれん草の胡麻和え、出汁巻き卵と塩鮭も完璧だ。
味噌汁にさいの目の豆腐を入れようとして無意識に1cm角にしようとした俺は、一瞬本気で定規を探した。台所にあってたまるかそんなもん。

カウンターに置いてあった麻婆豆腐を冷蔵庫に入れて、お茶とコップを出せばもういつでも食べれる準備完了。

「もー姉ちゃん…ネギくらいは飾ろうっていっつも言ってるのに…」

三番目の姉はかなり大雑把だ。
食べられればいいっていっつも言ってる。
だからって大皿にタプタプの麻婆はないだろって、さすがの俺でも思う。

「後はご飯だけ………ってええぇぇぇぇ!?何ナチュラルに朝ごはんしちゃってんの!?総長だよ!?総長なんだよっ俺の作ったもんなんかそんな食べるはずな」
「うるせぇな」
「すいませんんんんんん!っ総長ぉぉ!?」
「だからうるせぇ黙れ!」
「………」
「………」
「………」
「……静かになら喋っていい」
「っはー、はーっはーっはい!」
「息止める必要あったか…?」

直立不同で固まった俺は、ありがたく声を出す許可をいただいて詰めていたすべての二酸化炭素を吐き出した。うわぁ酸欠のクラクラ再び。

いつの間に起きたのかリビングのドア付近で頭をかいた総長は、湯気と匂いに誘われるようにテーブルについた。
ぼんやりとした目で並んだ料理を見渡して、ゆっくりと首を傾げる。

「白米がねぇ」
「すすすぐに!」
「漬物はねぇの」
「畏まりました!」
「箸も持ってこい」
「喜んで!」

ああ俺何だか奥様っぽい!もしくは居酒屋のアルバイト。希望は奥様です。

急いでキッチンに戻り言われたものをテーブルに並べ、どうしようと悩んだ挙げ句総長の斜め向かいに腰掛ける。
冷たいお茶を煽って少し目が覚めたらしい総長は、長い溜め息をついた。

「あ、あの、総長…」
「あ?」
「ええと…どうして総長が、その…あの…んっと…」
「はっきり言え馬鹿」
「あ、う、うぅ…ベベベベッド、にいいい一緒にそのあのもごもご」

ベッドって単語恥ずかしい。卑猥。何だかやらしい。日本語ってエッチィぞ!あ、日本語だっけベッド。

まごまごと答える俺に何となく用件を理解してくださったらしい総長は、あぁと頷いて箸を持った。

「俺が送った。帰るのだりぃからそのまま寝た。文句あっかコラ」
「ありませんんん!すいませんでした!」
「………お前で勃つとはな」
「え?」
「んでもねぇよ。もういい」

テーブルに額をしっかりつけて謝ると、総長はあっさりとお許しを出してくれた。
どうやら怒ってはいないみたいだ。いつも面倒臭い事が大嫌いだと言っているのに、今日はとても優しい。
なんて幸せなんだ!総長に送ってもらって同じ布団で寝てあまつさえ食卓を囲めるなんて!

怒られるのではとヒヤヒヤしていた俺は、その心配がなくなった今現在の幸せを噛み締めていた。
だってあの総長だ。格好よくて優しくて意地悪くて大好きな、総長だ。

「これてめぇが作ったんか」
「あ!は、はい…バランスよくを目標にしてみました…」
「ふぅん」
「あの、お口に合わなかったら何でも買って来ます!てゆうか食べたくなかったら今すぐ買ってきます!」

立ち上がって言う俺に、暫し無言を貫いた総長は首を振った。

「いい」

そしてそのまま、出汁巻き卵に箸が伸びる。
切り分けた途端に出汁が皿に出て、更に湯気が経った。
それから大根下ろしと一緒に卵が総長の口に運ばれるのを、俺はオリンピックのソフトボール決勝戦を観戦した時よりもハラハラと、見送った。

「……」
「……」
「………」
「あ、…あの…」
「……おい」
「はいぃぃぃぃ!」

ギロリ。総長の切れ長の瞳が俺を射抜く。
ああパトラッシュ。ダメだったよパトラッシュ。睨まれてしまったよパトラッシュ。

灰になりそうな心境で返事をすると、総長が苛立たしげに叫んだ。

「お代わり焼け、持ち帰りもだ!」


(胃袋ゲットってこの事ですか?)
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