気になっていた人も居るだろう。そう信じて彼の紹介をしようと思う。
馬鹿が幼稚園の頃から尊敬して止まない彼の名は、ソードマン。

実に在り来りな変身ポーズを恥ずかしげもなくやってのけ、高らかに叫ぶ決め台詞は放送禁止用語のオンパレードな為正確なものはわからない。
ピッチリしたスーツ、毒々しいショッキングピンクのゼブラ模様が目に痛いヘルメット。そして黒い足の根本を覆う赤い股間部分には、装飾過多気味な使い勝手の悪そうとしか言いようのないソードマークが施されているのだ。

勿論、朝の戦隊ものを放送している時間に流された為健全な思想を持った保護者から苦情が殺到。
恐らく少しばかりのお遊びで放送したのだろうテレビ局側は、僅か第三回目の放送でラスボスを倒してしまうという呆れた快挙を成し遂げた。

馬鹿は感動し、呆れて物も言えない姉達を尻目にソードマンを師と仰いだ。
日本中どこを探しても、かの変態で伝説となったヒーローを崇めるのは馬鹿くらいだ。
それは何故か。

馬鹿だから。


【馬鹿とおやすみ】


「飲むぞー!」
「「おー!」」
「食うぞー!」
「「おー!」」
「無礼講ー!」
「「おぉー!」」
「総長好きですー!!」
「「お………お?」」
「言っちゃったっ」
「お前だけ帰れ馬鹿、イマスグに」

我等が総長様は、馬鹿騒ぎを今か今かとジョッキを掲げて待つ下っ端の輪に入らず、ヨシさんとカウンターに座ったまま俺に向かってマドラーを投げた。
ヒュインッと素敵な音がこめかみの真横スレスレに飛んでいく。
今日もナイスコントロール、ナイスDV。当たり前だがナイスガイ。

「当たりそうでした!」
「運が良かったな」
「ありがとうございます!」
「褒めてねぇよ…」
「はーい、みんなー、もう飲んでいいよー」

木目のカウンターに滑らかな頬を押し付けうなだれた総長の隣で、ヨシさんは下っ端達に宴会開始の号令を漸く出した。
瞬間、礼儀やマナーのカケラもなく高々と響き渡るジョッキの交通事故音。
先日の抗争で大勝利を納めた、言わば今日は祝勝会だ。
未成年ばかりだが気にしない!だってここ、総長の店だもの!

「ゴウっゴウっかんぱ〜い!」
「乾杯」

今日は飲むぞ、飲んで飲まれて飲んだくれ!
ぐいぐい煽るサワーが食道と胃を熱くする。横目で早くも新しいビールジョッキを追加したゴウを見て、

俺は、倒れた。


+++


「信じらんねぇ…」

寝ている人間は重い。
抱くにしろ背負うにしろ、協力する意思がないのだから仕方がないが、まず何故俺なんだと路地裏で集会を開く猫に愚痴る。

「てめぇらも祝勝会か?潰れねぇようにキバりやがれ」

積み上げられたドラム缶の一番上、一番偉そうで一番目付きの悪い可愛いげのないボス猫が返事代わりに尻尾を振った。気分はドリトル先生だ。

「…あんがとよ」

背中に背負った馬鹿はスピスピと幼子のような寝息を立てている。
いくら小さくて華奢でも、一人の高校男児はそれなりの体重だ。そこまで重い訳ではないがやはり、漫画のように軽いと微笑んでやる気にもならない。

「そもそも一杯で倒れるか普通」

雰囲気に煽られたのか、乾杯の音頭の後一気した馬鹿が瞬間倒れ込み、慌てる下っ端を余所にぐうすか眠り出した、が事の真相だ。
たかがサワー。しかもピーチ。
黙って見ているゴウに聞く所によると、こいつは粕汁でいい気分になってしまうような下戸だったらしい。
止めろよ全力で。そう頭をぶん殴った俺は絶対に悪くない。

それからはヨシの口車に乗せられ、あれよあれよと言う間にこいつを背負って送り届ける役目を押し付けられてしまった。何故俺が。何故、総長であるはずの俺が、介抱せにゃならん。

「ぅむー…うひひ、そうちょー」
「…」

だが、大概俺もおかしいのだ。
本気で嫌ならさっきの猫集会場にでも捨ておけばいいし(誰か拾ってくれるかもしれない、)ヨシだって長い付き合いだ、本当に嫌がれば引いたはず(多分だが、)

つまりは、そういう事なのか、どうなのか、どういう事なのか。

ほんの少しばかりのビールじゃ酔えはしないが、微々たる量のアルコールも力仕事のせいで僅かに力を発揮してしまったのかもしれない。

「…怠ぃ」

思いつく限りの罵詈雑言を並べ立て続けたのは、背中の異様な暖かさが、嫌悪感を抱かない自分が、悔しかったからだ。


+++


ヨシに渡された地図の通りだとここだろう。
そう思い見上げた馬鹿の家らしき場所は、みっともなくあんぐりと口を開けたままにしてしまう程の大きさだった。

小さくて安っぽければ、まぁまだいい。可愛いげがある。
だが、何だ、

「規格外だろこれ」

三階建て、庭付き。
昼間ならウフフオホホとセレブリティーな奥様が草花に水をやり、その後を着いて回る賢いゴールデンレトリーバーという光景がよく似合いそうだ。断じてこの頭すっからかんな馬鹿ホモが住む場所とは思えない。
それでも事実なのだろう。先回りして書いたらしい、ヨシの「現実を受け止めよー☆」の追伸が妙に俺の苛立たしさを煽る。

でも、何だろう。

「…でかいだけで、寂しい家だな」

辛うじて人が居る事は電気のついた部屋が一部屋見える事で伺える。
けれど、閑静な住宅街の静けさも相まってか、何だか侘しい、気がするのだ。

「………」

いや、さっさと預けて帰ろう。むしろピンポンダッシュで馬鹿放置。
そう思いインターホンを鳴らそうと腕を上げた瞬間、唯一ついていた部屋の電気が消えた。
次いで、玄関が開く。

「あらま、うちの弟発見」
「…ども」

ピンポンダッシュは不発に終わってしまった。

重たそうな荷物をいくつも抱えた女は、弟がぐったりと背負われているにも関わらずのんびりと近付いて来て、俺の背後を覗きこむ。

「飲ませた?」
「あぁ」
「じゃ、後よろしく」
「あ…は?っておいコラちょっと待て」

薄情にも程がある。
スチャッと片手を上げた女はそそくさと隣を通り抜けようとしたが、そう簡単に押し付けられて堪るかと必死で腕を掴んだ。
嫌そうに、女が振り返る。

「あたし今日はどうしても外せない用事があるのよ。本当ならば介抱してあげたいとこだけどね」
「他に誰か居ねぇのかよ」
「居ないわ。実質ここに住んでるのはこの子だけだもの」

二の句が告げられない俺を置いて、女は悲しさをうまく隠すように俯いて、だから悪いけど、と言った。

「夕飯は用意してある。その子朝まで絶対に起きないから、あんたが食べてもいいわ。朝は作ってもらいなさい」
「ちょっ、」
「どーしても嫌なら、ゴウ君呼んで頂戴。じゃ。………うちの弟を傷物にしてみなさい、千切ってやるから」

朝まで起きないって何でわかるんだとか、作ってもらえって誰にとか、どうしてゴウなんだ、とか色々聞きたい事はあった。
だが颯爽と去って行く女に、声はかけられないまま。断じて「千切る」に悪寒を感じて怯んだ訳ではない。

そろそろ重みで肩が凝って来たのを感じながら、仕方なく無人の家に足を踏み入れる。
見つけた電気のスイッチを片っ端から付けながら、明るくなって行く場所を勝手に散策。一階、恐らくさっき女が居ただろう場所はリビングダイニングだったようで、カウンターキッチンにはラップのかけられた麻婆豆腐が阿呆みたいに大きな器でデンと一つ鎮座していた。

「どんな夕飯だよ…」

割と可愛い系な馬鹿に似ず小綺麗な女だったが、料理の腕前は一先ず置いて料理の仕方は男らしいようだ。
自分も店でツマミを食べていたから空腹ではないしと、そのまま二階へ上がる。
まずは手前から、と扉を開けて電気を付けると、そこは確実に馬鹿の部屋だろう光景が広がっていた。

「…捨てるか…いや、破いて焼くか…?」

何故俺の写真がポスターサイズで貼られているのか。疑問に思う程鈍感ではないが、些かストーカーじみていて鳥肌が立つ。しかも三枚。バイクを転がしている俺と、特効服の俺、携帯ゲームをしている俺。それから本棚の上の小さなショーケースには、以前やったおしること飴玉。パンはさすがになかった。

馬鹿に言わせれば「総長コレクション」だろうそれらの始末は後にして、とりあえずベッドに馬鹿を転がす。
横向きでうにうにと何事か呟いた馬鹿は、寝心地のいい場所を探して身じろいだ後大人しくなった。

「チッ。ゴウ、ねぇ…」

そうだ。言われるまま、ゴウに押し付けてしまえばいい。
馬鹿の家族が知っているなら、何度かこの家に来た事もあるのだろう。
そこまで仲が良かったというのは初耳で少し驚いたが、今は助かる。

そう思い携帯を取り出しコールしようとした所で、ふと腰辺りに温もりが引っ付いて来た。
何かなんて考えずともわかっている。

「っあー!くそっ」

何なんだ、何なんだ。
頭の中はこんがらがってブレイクタイムを求めているのに、体は正直に携帯を閉じて床に放った。そのまま小っさい体を抱き込むようにして狭いベッドに潜り込んでしまえば、頭は考える事を丸投げだ。正直すぎる身に何もかもを委ねてしまえと、全てを放棄する。

「うー…そうちょ」
「…んだよ。ばーか」

また寝心地のいい場所を探して布団に潜り込んだ馬鹿は、最終的に俺の胸元辺りで動きを止めた。
足と足の間に俺の足を挟んで、ご満悦な寝顔がふぅと溜め息を吐く。
ちっこい鼻を摘んでやると、ポカンと口が開いて、なのに少し幸せそうだった。

「……勘弁、してくれ…」

これは現在の俺の、切実な願いだった。


(なんでおっ勃ててんだ俺!)
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