「えー、総長知らなかったのー?皆知ってるのにねー」

ヨシはいやらしく笑った。

その馬鹿にする言葉を一身に浴びた彼は、渾身の力でヨシの脛を蹴り上げた。

彼は少し、痛い方の意味で手が早いようだ。


【馬鹿のおねがい】



まだ誰も来ていない溜まり場で、俺は窓の外を見ていた。
しとしとと柔らかい音を立てて神様が泣いている。小学生の時は、雨は天使のおしっこだと信じてて絶対濡れたくなくて、カッパと長靴と傘のフルセット装備だったけど、中学生になって理科の授業でそうじゃないと学んだ今では、恵みと呼ばれる雨が大好きだ。
ただ、この季節になると寒いっス神様。

「窓際で黄昏れる俺かっこいい…」
「ズボンの裾びしょびしょで汚いけどねー」
「あ!ヨシさん!ゴウも一緒だ!」

いつの間に入って来たのか、ヨシさんとゴウが濡れてしまった制服を嫌そうに叩いている。
水気が染み込みにくい生地の上を雨が転がって、床に散らばった。

「キミ今日は顔に元気ないねー?お腹痛い?」
「痛くはないけどペコペコです!」

口にしたと同時に俺の胃がキュルリと鳴いた。なんてタイミングがいいやつなんだ。さすが俺の胃。正直過ぎる健気な音を聞いたヨシさんは、仕方ないなぁとでも言うような顔で天井を指差した。

「上行ってきなよー、総長いるじゃん」
「総長は食べれませんよ!俺にカニバリズムの気は」
「違うからー。昨日テーブルの上にたくさん食料積んどいたからさー、おすそ分けしてもらいなって言ってんのー」
「もっと無理ですぅぅ!」

そんなそんな!総長の食料を強奪だなんて!銃殺ものの重大犯罪だ!
いやでも待てよ。もし総長が少しおすそ分けしてくれたとして、それを腹に収めるのはさすがに俺の総長ラブ精神が痛むけれど、コレクションは増えるんじゃなかろうか。
スターウォーズのキャップフィギアを全部片付けたケースに並ぶおしること飴玉。そこに増えるコレクション。
くあ!いいねコレ堪らないねコレ!

「ゴウはあれ何に見えるー…?」
「のたうちまわるの図」
「それは見りゃわかるよー…」

カウンターに腰掛けた二人がじっと見て来る中、俺の頭の中は総長コレクションで埋め尽くされたケース一色。
ルーブル美術館よりも涎ものだな!

「もーうざいなー。早く行っておいでー」
「はい!コレクションしてきます!いつか見に来てくださいね!」
「はー?」
「キャッチボール不可能…」

ぐったりとカウンターにしな垂れかかるゴウの背中に力一杯平手打ちして、俺は脇目も振らず階段を駆け登った。

目指すは、総長コレクション、そして展示会開催!

「痛い」
「あの子さー、一々気合い入れる度に人殴るの、わざとー?」
「……癖…?」

ヨシとゴウにとって、馬鹿という生き物は不可解だらけなのである。

+++


「そーおーちょー、入っていいですか?」
「入ってから言うな馬鹿」
「今日も素敵です総長!」
「だから聞けって」

いつもの如くカーペットに胡座をかいて座る総長は、いつも思うけど赤いカーペットによく映えていると思う。それは黒い髪の毛のせいかもしれないけど、俺フィルターのかかった総長仕様な目には、アカデミー賞のレッドカーペットを歩く金髪美女よりもあはんうふんな雰囲気を感じるのだ。あ、鼻血でそ。

「で、今日は何だよ」
「コレクション収集です!」
「……あっそ」

ガッツポーズを天高く決めた俺を見る事なく、総長は腕を組んでテーブルに視線を落とした。
成る程、ヨシさんが言った通りテーブルには山積みの食料が乗っている。中にはカーペットに散らばっているカップメンもあって、実にカオスだ。

俺は総長の反対側の机の角に正座して、元気よく挙手した。

「はい総長!」
「なんだ」
「何してるんですか!」
「見てわかんねぇのか」
「わかったら聞きません!」
「てめぇの口からだけは正論聞きたくねぇ」
「痛!痛いっス!」

眉と目を吊り上げた総長は、手元にあったリモコンを容赦なく投げ付けて来た。避けれた、が!総長の愛の鞭、そう思った瞬間俺は自分からリモコンに向かって頭を突き出した。
ううん、痛い。痛いけど、嬉しいぞ!

その時、また健気でピュアな音が腹から鳴って、次に投げるものを探していた総長がピタリと動きを止めた。
胃よ。空気が読めるのかいキミは。二発目を受け止めたい気持ちよりも痛さが勝ちそうな俺を、助けてくれたのかい!

「腹減ってんのか」
「あ、はい、まぁ」
「ふーん…」

胃を見習って素直に生きてみようと思いそう答えると、面白くなさそうな顔をした総長が絶妙なバランスを保つ目の前の山を、なんとも男前に崩し始めた。
ガサリガサリと崩れる食料品の山。カップメンに始まりスナック菓子、パンやおつまみ系まで幅広く揃ったそれらは、急激に俺の胃袋を刺激した。
今胃の中は胃液でグジャグシャな気がする。胃酸の海だね。目の前の食料を求めて激しくうごめいているんだね!

「食え。やる」
「ああありがとうございますヒャッホーイ!!」

徐に総長が突き出した手にはクリームパンとツナコーンマヨパンが二つ握られている。
コレクション追加決定…っ!
信じられない程とんとん拍子に進んだ総長コレクション収集活動に、俺の心は空腹も忘れて踊り狂っていた。

両手で恭しく受け取ると、総長は少し驚いたように目を丸くする。

「今日は言わねぇの」
「?何をですか?」
「総長にいただいた物は食べれませんだのなんだの」
「あははー!何を仰る総長!勿論!」
「だよな、あんな馬鹿げた、」
「家に飾るに決まってるじゃないですか!」

そう鼻息荒く宣うと、またもや総長は硬質なものを選んでブン投げて来た。
いくら俺が総長ラブと言えど、流石に避けたさ。硝子製の灰皿とか俺死んじゃう。

「総長ドメスティックバイオレンスですか!」
「愛がねぇからただの暴力だ」
「いやん俺照れちゃう」
「……お前、んなに俺の事好きなんか」
「はい!すんっごく大好きです!」

剣呑な目をした総長は、次にと手に持っていた折り畳み式のナイフを置いて(勿論刃先は俺目標)ゆっくりと瞳を伏せた。
あれ?なんか悲しそう?
よくわからんが総長のそんな顔を初めて見た俺は割と戸惑っていたらしい。意味もなく立ち上がって、いつものソードマンポーズを取った。

「何やってんだ」
「元気出るかなと」
「てめぇと一緒にすんな。なぁお前、俺の事好きなら、死ねって言われりゃ死ぬ訳?」

両腕を斜め上に突き出したまま、俺はその言葉の意味をゆっくりと噛み砕いた。
死ねと総長に言われたら?

「そうですね、死ぬと思います。試してみますかー」

そこにあまり、大きな意味はない気がする。死ぬ間際になったら後悔とか、するのかも。
でも俺は総長が大好きで、少なくとも今は総長こそが俺の秩序な訳だ。
だったらまあ、いいや。

そんな浅過ぎる事をツラツラ考えながら、総長の隣に回りこんで、刃を仕舞った折り畳みナイフを拾い上げた。

パチンと音を立てて戦闘体勢に入ったナイフは、俺の手の中でキラキラと無駄に輝いている。
ともすれば吸い込まれる錯覚に陥るのを防ぐ為に、大好きな総長に目を向けた。

「ただ、そうなったとしたら総長にお願いがあるんですよ」

総長は何も言わずに無表情なまま、机に肘をついてそこに整い過ぎて芸術的なお顔を乗せていた。

「姉ちゃん達に、代わりにお礼言っといてくださいね!」
「親じゃねぇのかよ」
「親はもう死にました!」

お父さんとお母さんは、人生の宿題が終わったから天国に行ったのよと、一番上の姉ちゃんが小学生の俺に言ったんだ。
その説明は、今よりもっと馬鹿馬鹿言われてた俺にもちゃーんと、理解出来る程優しかった。

俺は宿題済んでないけどな!宿題、出した事ないけどな!

あれはあれ、これはこれ。
天寿の全し方はちょいとロマンチックに思わなくもないけど、俺はまあ、こんなでもいい。
なんか笑えるじゃん。

なのに、刃先を左手首に強く押し当てて僅かに引いた時、ナイフを持つ手を総長が掴んだ。

「何ですか?」
「まだ死ねって言ってねぇだろ」
「あ、そう言えばそうですね!」
「馬鹿じゃね。俺が言ったら死ぬとか、お前重過ぎだし」
「え!俺48キロしかないんですけど!」

そんなあ!
頭を抱えた俺を見上げて、総長は馬鹿にするように鼻を鳴らした。そして掴んだままの手からナイフを取り上げ捨てて、引かれる。
何の準備もしていなかった俺は、このままだと総長の上に倒れてしまう!と焦って足を踏ん張った。

あー危ない。何するんですか総長、俺重いんだから、潰れちゃいますよ!こう、プチっと。

「…何踏ん張ってんだ」
「総長が引っ張るからです!」
「素直に倒れて来たら可愛いげのあるものを」

心底呆れた。そんな溜め息が聞こえた。

あらら。総長に溜め息吐かれるの何度目なの俺。もちろん、吸うけども!勿体ない!

必死で息を吸いつづける俺を胡乱げに見た総長はまた大きな溜め息を零して立ち上がった。
ちょ、何センチあるんでしょうねこの身長差。総長かっこいい…

「仕方ねぇなぁ…」
「え?……ひぎゃー!!!」
「う…るせぇ!」
「なななな何してんですか総長!ぎゃー!ぎゃー!ぎゃー!」

ウットリと見上げたのもつかの間、何をとち狂ったか、総長はその長いお手手と逞しいお身体をフル活用して、むぎゅーと俺を抱きしめて来た。
イケナイ。これはイケナイ非常事態だ。緊急警報発令中だ。
バッタバッタと暴れて部屋の隅に逃げ仰せた俺は、肩で息をしながら信じられない心境で総長を見た。
今日の総長意味がわかりません!

「んだよ、嬉しくねぇのかよ」
「うれしい訳ないでしょう!僕チンのノミの心臓が今可哀相な事になってますよ!」
「嬉しいんじゃねぇか」
「違います!そんな、総長が俺を抱きしめるなんて!殺す気ですか!?」
「あー、確かにチンチラだわお前」
「はぁ!?俺あんな白くてホワホワしてません!人間ですよ人間!ホモサピエンスです!」
「確かにホモだし」
「総長オンリー!」

くつくつと喉を震わせた総長は、隅っこに身体を押し付ける俺を見て、目を細くした。
そしてどっかりと床に腰を降ろす。

その動向をじっと見ていた俺は、今日一番の混乱のせいで顔が熱かった。

「こっちこい、血ぃ垂れんぞ」
「ああうわあ!やばい姉ちゃんに殺される!」
「ああそれから、」

胡座をかいた足に肘をついた総長は、おかしそうに笑って言った。


「誕生日おめでとさん」



(抱擁はプレゼントのつもりですか!)
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