彼は頭を悩ませていた。

四角いマスの中はほぼ黒く埋めた。最終的な答えも見つかった。
だが、縦の18欄の答えが中々思い出せないのだ。

気持ち悪い。彼は歯軋りした。

問18:)最近ペットとしても人気のあるネズミ科の動物は?
ヒント!同名の猫もいるよ!


つまりは単なるド忘れである。


【馬鹿とあめだま】


つい先日、俺は恋愛とはなんぞやと哲学的な思考に嵌まった。
精神病、一過性の思い込み、あってないようなもの。
調子に乗ってウィキで調べてみようとして、その行動のアホさに気付き恥ずかしさに携帯ゲーム機を壊してしまった。それはもう後悔したが。

そもそも、その原因は半歩後ろを歩く馬鹿にあった。

いきなり部屋に入って来たかと思えば、冗談のような言葉をアッサリベラリと真剣に叫び、挙げ句さっさと出て行った。

愛してます。
それが意味するのは尊敬や友愛でない事はこいつの態度からきちんとわかった、が!

返事は疎かその先さえも要求のない告白に、果たして意味はあったのかと。

だから考えてみたのだ。
一般的に、愛とは何なのかと。

「そーおーちょー!」
「あ?うおおっ何持ってんだ馬鹿!」
「コウモリ掴まえちゃいました!」
「捨てて来い!」
「えー…はぁい…」

一人思考に身を投げている最中、後ろのこいつは飛び回るコウモリを捕まえていたようだ。
叱られて渋々解放されたコウモリは、感謝するとでも言うように俺の上で旋回してどこかへ飛び立った。

そもそもどうやって捕まえたんだ馬鹿。そしてコウモリよ、何故人間ごときに捕まるんだ飛べよ高い空を。

「あー…可愛かった…」
「…自由にさせてやんねぇと可哀相だろ」
「そっか!総長優しいですね!動物愛護教会入りましょう!」
「入んねぇよ!」

もう嫌だ。どうしてこんな馬鹿と二人肩を並べて歩かなきゃならん。精神的虐待を現在進行形で俺にしていると早く気付け馬鹿。

こいつが囲まれててヤバいとヨシから電話があったから、たまたま外に居た自分が面倒ながらも来たのだが、その前に俺は考えるべきだったのだ。
ゴウは寝ていたから無理だったとして、ヨシ、何故お前が行かないんだと。
あいつの事だ。心のどこかで俺とこの馬鹿をワンセットにして面白がっているに違いない。

来てみればもう惨状だったし(勿論屍は知らない奴らだ)馬鹿は馬鹿でそいつらの顔に落書きして遊んでるし、もう本気でヨシの雀の尻尾を切り取ってやりたくなった。

「総長ー?」
「今度は何だよ…」
「何か機嫌悪いっスか?」

こんな馬鹿でも、少しは人の気持ちに気づけるらしい。それだけで何か救われた気になった俺は、成長した子を見守る親のような心境になってしまって思わず微笑んだ。

「総長が笑った…!」
「俺はクララか」
「最近空中ブランコまでできるようになったらしいですね!」
「そりゃCMだ」

何が楽しいのか常にハイテンションなこいつは、今日も例に漏れず。
ただ、それさえもいつもより楽しそうなのはもしかしたら、俺が居るからなのかと自惚れた。何だ気持ち悪いぞ俺。

「おい」
「はい!」

そう言えばこいつと二人で話す事なんてあまりなかった。いつもは大概4人で居たし、こいつの相手をするのはヨシが適役だ。あいつは既にこいつの扱いを心得ているから。
そんないつもと違う雰囲気に流されたか、気が触れたのか、少し、ほんの少しくらいこいつを餌付けするのも楽しいかもしれないと思った俺は、ポケットを漁った。
コロリと二つ指先に当たった塊を取り出して、その袋を剥がす。

キョトンと俺の顔だけを(気まずい)凝視していた馬鹿は、俺が指で挟んで面前へ差し出したものを寄り目で見つめた。

「総長見えません…」
「寄り目で見える訳ねぇだろ。飴。食え。口開けろ馬鹿」
「え、え、えぇもがっ!」

どうせ「総長にもらったものは勿体なくて云々…」と言い出すのが目に見えていたから、反対の手で顎を掴んで口をこじ開け、その中に飴玉を放り込んだ。
瞬間、顔が難しげに歪み、舌先に飴玉を乗せたまま口を開けた。

「どーよ、"未知の喜び"味」
「ははほへほんへふ」
「あぁ?んだよ、食えっつーの。何言ってるかわかんねぇし」
「ふひへふ…っ!」

無理です、だな。さすが俺、最後のはわかったぜ。

そんな感慨に耽る暇もなく、立ち止まった馬鹿は目をキョロキョロと泳がせた。
もう封は開けた後だし、口の中に入ったし、死ぬ程未知の喜び味がマズイ限り吐き出す事は許せない。そう決めて睨みつけると、そいつが困ったように眉を寄せた。

いつも大体笑ってるから細く垂れている目が段々と水気を帯びて、ぎゅうとつむったせいでボロリと涙が零れる。それを皮切りに、次々と。

いきなりの号泣に驚くよりも、俺は伏せて初めてわかった睫毛の長さと濃さに一種の衝撃を受けてしまっていた。
徐々に染まる鼻も、開いたままの唇も、出したままの舌先も。

男のくせに、え、可愛いとか、は?

「ほーほー…」
「は?何、え、泣くなうぜぇ!もう一個やるからそれ食え!」
「あ、はい」

握っていたもう一つを拳ごと突き出すと、そいつはそれを両手でもって大切そうに受けとった。
そして俺を見上げて、ニッコリと。

「大事にします!美味しいです!総長、大好きっス!」

涙の残る女顔が、満面の笑顔を見せた。

「なんだてめぇの破壊力ふざけんな帰る!」

「えぇぇ!?帰るとこ一緒じゃないですか!待ってくださいよー!」


(思い出した。あの答えは、チンチラだ)
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