「あははー、あんた昨日から顔やばいよ」
「あんがと姉ちゃん!」
「うんいいよ。…あたし今褒めたっけ?」

その問いに、三人の姉は皆首を横に振った。


【馬鹿とこーひー】


季節は秋冬と言えど、昼間は暑い。寒いのは朝と夜だけなのだからとマフラーを毛玉(猫♀7歳)に巻いて来てしまったのが仇となった。昨日はこの時間も日照りがきつくて、今なら日焼け止めクリーム飲めると本気で思ったというのに。

「寒い!誰か俺に毛玉ぷりーず!」

今日も今日とて愛しの総長の居るあの場所へ向かう交差点の途中、我慢出来ずに思わず叫んだ。
すると何故か俺の周りを歩いていた人垣が避け、ポッカリと開いた場所が視覚的により寒い。
何故だサラリーマンのおいちゃん。防風堤になっておくれよう。

「おい」
「う?う?あー、ゴウちゃまオッハー!」

急に頭を押され、その力に忠実に足を進めながら頑張って振り返ると、ゴウが俺の頭を押しながら歩いていた。
指で作った輪っかでお馴染みの挨拶をすると、勿論無視された。
いいよわかってる。本当はしたいけど、ゴウは照れ屋だから人前じゃ無理なんだよな。なんて可愛い奴なんだ!

「なぁなぁゴウ、足ちょーだい」
「むり」
「えー、前くれるってゆった!俺お前が欲しい!」

きゃ、と前方のコンビニの前で豚マンを食す女子高生が黄色い声を上げた。
ゴウは今にも握り潰してやると言わんばかりの強い力で頭を掴んで来て、少し痛い。

「なぁなぁなぁー」
「おい」
「あい!」
「…お前が魔法使えるようになったらな」
「なら仕方ないなー」

俺魔法使いになりたい訳じゃないし、目指してないからそれは無理だ。どっちかってゆったらチョコボになりたい!黄色いダチョウってすごくいいと思うんだ、足めちゃくそ早いし。

安堵したように前を行くゴウの隣に慌てて並んで、溜まり場への道を歩く。
色々と話しかけている途中、ふと思い出した事を伝えるべく俺は声を上げた。

「そうそう!俺、昨日総長に告白したんだ!」
「………………は?」
「愛してます!ってゆったら、へぇってゆってくれたんだぜ〜」

ブイ!とピースを作ってゴウの目の前へ突き出すと、焦った顔をして頭を叩かれた。

「羨ましいだろ!だろ!?」
「別に」
「ゴウは照れ屋だなぁ〜」

それきり何も喋ってくれなくなったけど気にしない。ドラマや小説では、沈黙は肯定、図星を指されたら無言になると相場が決まっている。

告白してもまた総長の顔が見れるんだと思うと俺は今にも天使の仲間入りしそうで、でもそんな事をしたら総長と異種間交流する事になるから、自分を抑える為に並木の葉っぱを一枚ずつ毟って歩いた。手が青臭い。

「こんにちはー」
「…ちわ」
「珍しいねー、今日は二人一緒なんだー」
「途中で運命的出会いを果たしました!」
「あはは、よかったねー。で、そのメリケンサックは何ー?」
「あ、はい、途中でもらいました!」
「………」

キラキラと電気に反射する四連の指輪は、きちんと俺の指に嵌まっている。
ゴウと話していたからよくわからないが、誰かが俺にこれを渡してくれた気がする。これは便利だ!冬になると皮膚が縮んで、喧嘩した時すぐ拳が切れたりするけど、これなら平気。

「…今度その人に会ったら、お礼をちゃんと言うんだよー…」
「はい!わかりました!」

ビシ!と敬礼して見せると、ヨシさんもゴウもグッタリとソファに揃ってうなだれた。
寒いの苦手な人がここにも居た。やはり仲間だ。

するとその時、トイレの扉が開いて我等が総長が顔を出した。
見たかったなー、総長のトイレシーン。

「総長!こんにちは!」
「あ、あぁ」
「寒いですねー」
「あぁ」
「見てくださーい、これ、もらったんです!」
「…あぁ、そう」

矢継ぎ早に話しかけてもちゃんと返事をしてくれる総長は、きっとこの世界を作った神様が何よりも時間をかけて、何よりも思いを込めて作った特別な人間なのだと思う。
そうじゃなきゃ、こんな格好いい上に優しいのおかしいっしょ!

ヨシさんとゴウの向かいのソファにどっかりと据わった総長は、何やらヨシさんとアイコンタクトを交わして頷いた。

「おい、お…何してんだお前…」
「え?神様へ感謝の手紙を書いてます!」
「意味わかん、いや説明はいい。アーモンドコーヒーが飲みてぇ、買って来い」
「お使いですか!?喜んで!」

神様へ、ありがとう。そんな俺のありったけの感謝から始まるノートを閉じて、カバンを放って立ち上がる。
パシリなんて、そんなの、いつぶりだろう!総長の手足となって総長の飲む飲み物をこの俺が買いに行けるなんて、名誉すぎて死ねる!

「これ持ってけ。お前も好きなもん買っていい」
「総長ー、俺はー?」
「お前はメロンソーダ飲んでろ」「ありがとうございます!行ってきます!」

グチグチと文句を零すヨシさんと総長の会話の途中で頭を下げ、渡された輝く野口と共に近くの自販機へと走る。
今の俺は駿足との通り名を授かるくらい早いに違いない。
総長が!大好きな総長が!
俺に何かを奢ってくれるなんて!
もったいなすぎて野口がうまく投入口に入らないとのハプニングを神からの試練と受け止めて、まず自分のを買う。それから総長のアーモンドコーヒー。少しでも暖かい内に持って帰りたい俺の心遣い!人の為に働くってなんて気持ちのいいものなんだろう。

ガコンと音を立てて落ちてきた細身の缶を、ブレザーの袖とコートの間の狭い空間に押し込む。よし、これで冷めない。俺超頭いい。
後は愛しの総長の元へ、これを持って帰るだけ!

「総長!」
「はやっ!え、腕膨らんでるよー!?」
「ありがとうございます!これ、コーヒーです!」
「袖からだすなよ…まぁいい」

勢いよく袖から出したコーヒーを両手で掲げると、総長が若干口元を引き攣らせながらそれを受けとった。
その時ほんの少し当たった指先の体温、俺は一生忘れません。

また床に胡座をかいてノートを取り出した俺を見て、ヨシさんが眠ったゴウの背中を突きながら首を傾げた。

「飲まないのー?」
「飲まないに決まってるじゃないっスか!総長からのプレゼントですよ!?」
「ぶっ」
「ちゃんと部屋に飾りますね、おしるこ!待受にもします!」
「すんな!」


(誰だこいつを幹部にしたの。…うわ、俺だ)
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