"そんな無防備に微笑んで
奪ってほしそうに流し目なんてしないで
どうしようもなく身体が疼いて
逸る心が飛び出しそうなんだ"


君を想えば涌き水のように、伝えたい事だらけだと気付くのに。
そのどれを重ねても、

完成には程遠くて

【chance】

大学ノートに無心で文字を綴っている途中、我に返って頭を抱えた。
真っ白とも言えない中途半端な白の中に、黒いペンで書かれた面白みも何もない言葉達が踊っている。
何もない。ただ、模範的な愛とやらを並べただけの産物。

「んなもん小学生でも書けるっての…クソッ」

そもそも無心で書こうなどと、自分はふざけていたのかと叫びたくなった。
一度二度と深呼吸をしても余計息苦しくなっただけで、効果はない。
思わずペンとノートを引っつかんで、癇癪を起こした子供のように床に叩き付けた。

「ひぃっ!けけけけ慶一郎君ど、どどうしたたたの!」
「ぁあ!?…あ、居たのか今井」
「それ三回目ですよ…っ!」
「あっそ」

カーペットラグに直接座り込んだまま、俺の握り潰した"作文"を読んでいた今井が、大袈裟な程肩を震わせて飛び戦(おのの)いた。
そう言えば居たんだなと、その程度の認識をし直してソファに沈む。

新人同士成長しあえと俺に付けられたマネージャーは、未だ俺の事が怖いらしい。
放ったノートにも目を通しながら、怒られやしないかと伺ってくる視線を遮断するように、目を閉じた。

「東雲君…最近、調子悪いね…」
「今井にまで言われたら俺死ぬわ」
「えぇぇ!?ごごごめんなさい僕素人なのにこんなこここことを言う資格ありませんよねっ…!」
「…吃りすぎて聞き取りにくい」
「すいません!」

体が柔らかいのか、正座のままベッタリと床に額と上半身をこすりつけて土下座する今井に一度溜め息をついて、机に並べられた紙クズ達を手に取る。

好きだとか愛してるとか、そんな言葉が書きたいんじゃない。
子供のラブレターじゃあるまいし、その言葉自体が陳腐だとは言わないが、歌にすれば一点、クサイだけの音になってしまう。
どれだけいいメロディを与えられても、想いの乗らない言葉じゃ、聞く人には何も伝わらないのだ。

「今井」
「っはい!」
「これ、どう思った?」
「え…っと…」

今井の前に紙クズを並べる。
焦りながらもう一度軽く目を通して、意を決したように俺を見上げた。

「…東雲君の気持ちが、纏まっていないんだろうなと、思いました」
「あぁ、それで?」
「焦ってる…?うん、そんな感じです。追い立てられて必死で、気持ちを伝えようと躍起になっているみたい」
「お前ならどうする?」

中々今井も俺の事を理解し始めているようだ。
これでも俺は、腰が低くて吃りまくる部分以外は今井を認めている。頭は悪いが、人の気持ちに敏感なのだ。
抽象的な言葉だけで問い掛けても、意味を理解出来ずとも今井は感覚だけで的を絞ってみせる。
これは馬鹿だからこその芸当だと、いつか社長が言っていた。

「そうだなぁ…僕なら、不安を取り除くなりなんなりして、土台を固めてから想いを伝えると思います」
「そうか。今井、それ全部処分」
「あ、はい!」

こんな事でもやる事が出来たと目を輝かす今井を横目に、ポケットから携帯を取り出す。
開いて一番に俺を迎えるのは、何度見ても、何時間見ていても飽きない画面だ。

中庭の木の下で、俺を待つイロの姿。
これを撮りたいが為に一度遅れて行った、なんて暴露した瞬間には、あの可愛らしい笑顔は成りを潜めて恨めしげに睨んでくるのだろう。だがそれもいい。

リダイヤルの一番上、その人に迷いなくコールする。
三回目のコールで、小さくカチャリと聞こえた。

「イロ」
『こんにちは先輩。どうかしました?』

あの日。ボロボロに泣いたあの日から、イロの様子は一見いつも通りだった。けれどわかる。無理をしてる。
毎日見ているのだ。隠せていると思われるのは癪だった。

「夜空けとけ。出掛けるぞ」
『は?今日?どこに…』
「俺を信じろ。黙って着いて来い。俺に」

文字通り黙り込んだイロの顔、見なくても想像出来んだぜ。
きっと、止める必要もないのに息を止めて、赤くなる顔を必死に隠そうとしてる。いや、絶対だ。

何も不安なんてないだろう。
他でもない、俺がそう言うのだから。

か細く聞こえたイエスにほくそ笑んで、目を閉じた。

なぁイロ。
だから、ずっと、俺に、俺の、
傍に居ろよ。