押さえて昇華させるべきだった想いは、二人で遊ぶ度にどんどん膨らんで目を逸らせなくなった。
おかしいとわかっていたんだ。男が男を好きになるなんて、常識じゃ考えられないって。

なのに俺は言ってしまった。
好きだと。

「好きだよ」

レンの家で、ここ最近当たり前になりつつある二人きりのゲーム中、目も合わせずに。
小さな期待なんてものはなかった。むしろ、色良い返事など求めていなかった。
やめてくれと、大好きなレンに言われれば、もうこの気持ちに蓋が出来ると思っていた。

正直限界だったんだ。
密かにレンを好きでいる事も、アズに対する不可思議な罪悪感に耐える事も。
返事を聞いたら帰ろう。そう思っていた。
それによってレンが裏切られたと感じるとしても、俺はこのエゴを押し通すつもりでいたから。

「俺もすき」
「え?」
「イロが好きだ」

そう言ってレンが笑ったから、それまで心の中を占めていた常識論やら罪悪感やらが全部吹き飛んだ。
それからはもう、なし崩しだ。

以前より二人で居る時間が増えた。勿論三人で遊ぶ事もあったけど、アズに秘密にしている罪悪感など感じる余裕もない程にレンに溺れていた。
いつしか、二人だけの秘密という言葉に捕われて、スリルさえ味わっていた。

アズの気持ちも知らずに。考えようともせずに。

だから、罰が当たったんだと思った。
浮かれていたのは俺だけ、そう気付いた瞬間、もう全てがどうでもよくなった。

「イロちゃん。大好きだよ。でもね、レンちゃんの事が好きなの、あたし」

珍しくアズと二人きりの日曜日。呼び出されて行ったアズの部屋で、アズははにかむように笑った。黙っててごめんね、と前置いて。
目を見張る俺の背中には、嫌な汗が流れていた。

「イロちゃんだけに、アズの宝物見せてあげるね」

可愛かった。その幸せそうな笑顔が。だけど、俺には死神のように映った。

机の引き出しから小さな箱を取り出したアズは、控えめに自慢するようにそれを俺に渡した。
ゆっくりと、気を抜けば震えそうになる指を叱咤しながら、何を願えばいいのかわからないのに、誰かに何かを必死に願って。
あけた。

「レンちゃんとアズ、付き合ってるんだ。…イロちゃん、ごめんね」

もっと早くに言うつもりだったんだよ、と、固まった俺に焦ったアズは必死に謝っている。けれどそれに、いつものように柔らかく笑ってやる余裕はなかった。
アズの声が脳で処理される前にぼやけていく。今にも泣きたいのに涙が出てこなかったのは、俺のちっぽけなプライドのお陰だったのかもしれない。

レンとお揃いの指輪。
毎日見ているからわかる。

ペアリングだった。


そっか、よかったなと、小さな頭を優しく撫でたような気がする。
何を言ったか定かではないけれど、アズに対しては優しくしてしまう癖があったから、きっといつも通り笑いながらヤサシサを演じたのだろう。

でも本当は、その箱を投げ付けたかった。アズは何も悪くないのに、その一瞬だけ、酷く憎かった。
でもそれもほんの少しだけで、すぐ悲しみに変わって。

レンを好きなアズの気持ちに気付かなかった。
アズと付き合ってるレンの事にも気付けずに、俺はのうのうとレンの隣で笑っていて。レンにとっての特別は自分だと自惚れていた。

きっと、レンは優しいから、断れなかったんだ。
俺との関係がおかしくなってしまったら、三人で居られないかもしれないし、友達の居ない俺が一人になるかもしれない。
馬鹿なレン。そうする事でしか、関係を保てないと思ったに違いない。

けど一番馬鹿なのは、やっぱり俺だ。

こうなる事も、もっともっと悩めば想像ついたのに、どうしてあの時、好きだと言ってしまったのか。
やり直せるなら俺は何だってするのにと、意味のない後悔ばかりに蝕まれた。

「だから逃げた。ここへ。…修復も後悔も、全部面倒臭くなったから」

逃げたのに、そんな俺を探す二人が優し過ぎて憎らしい。
いっその事放っておいてくれたら、いつか忘れて暖かい想い出になったかもしれないのに。

わかってる、ただの責任転嫁だ。

「ごめん…俺、卑怯過ぎる」

話し過ぎて喉がカラカラだった。
その上涙も出てるから、今の俺は少し水分不足。

「木津、水持って来い」
「あ、はーい」
「……ありがと、ございます」
「ん」

リビングへ行ったリクを見送って先輩を見上げた。
全くいつも通りの表情が、望んだ通りそこにある。

「先輩、」
「どした?」
「おれ、…どうしたら、いいんでしょう」

先輩を好きだと芽生えた気持ちと、レンが全てな依存心。
中途半端な場所で佇む心細さが、自分の最低さを殊更に表しているようで気持ちが悪かった。
グルグルと渦巻いて、吐きそうだ。

主語もなく、聞いても答えを持ち得ない先輩に聞いてどうするんだと思いはすれど、聞かずには居られなかった。
とにかく助けてほしかったんだ。
他でもない、東雲先輩に。

「…イロ」

難しい顔をした先輩は、ゆっくりと目を閉じて額を合わせて来た。
じんわりと広がる、熱と衝動。
熱い息遣いに何もかもをさらけだしてしまいそうで、俺も目をつむった。

「少なくとも」
「…ん、」
「俺は必ず、いつでも、何があっても、お前の傍に居てやる」
「、うん…っ」
「だからお前は、お前のしてぇようにすりゃいい。イロの尻拭いならいつでもしてやる。大丈夫だ」

だから、泣く暇があんなら、俺の事考えろよ


役に立たない助言は、けれど俺の心を支えるように。
絞り出すように流れた最後の雫は、10秒前のそれと真逆の意味を持っていた。