聞きたいのなら話すよ。
でも全てを理解した後での拒絶は許さない。
だって、聞きたいと言ったのは、あなたたちだから。

保守的で傲慢な俺の、気持ちを。

受け入れてほしいとは言わないから、どうか


許容して

【protect】

遠足前夜の小学生。
デート前夜の女子高生。
俺はまさにそんな気持ちを持て余していた。

あれやこれやとタンスの前で座り込んで服を選んだり、明日の事を想像して笑ったり、そしてそんな自分にハッと我に返って頭を抱えたのは秘密だ。
中々寝付けないという不可思議な現象に襲われたのも久々だったかもしれない。
暗い部屋の暖かい布団にくるまって、必要以上に寝返りを打っては眠ろうと努力をして、まぁそれも無駄に終わった訳で。

「眠ぃなら寝てろ」
「いえ、平気です」
「ちょ、久しぶりの電車ー!」

今日は待ちに待っ………た、先輩と俺の携帯を買いに行く日だ。
そう先輩と、俺で。

「…んで木津がいんだ」
「え?ダメっスかー?」
「いいと思ってんなら人間やり直せ」

どうでもいいが俺を挟んで会話をするのはやめてほしい。
それがダメならもう少し、ほんの少しでいいから、声のトーンを落としてはくれないだろうか。周りの目があるのだ、不躾な視線が。

何を隠そう、隠せていないが木津も何故だか着いて来ていた。
どこでそうなったのか俺にはさっぱりだ。何せ気が付いたら一緒に待ち合わせのエントランスに居たとしか言いようがない。
その当人は久々の外出に大変はしゃいでおり、それが先輩の機嫌を著しく降下させているようだった。
別に構わないんだが。
なんだろう、その笑顔に腹が立つ。もしかしたら先輩と二人きりでない事を、どこかで残念だと思っているのかもしれない。

別に手を繋いで買い物がしたいとか、食事中にあーん、なんて寒い事をしたい訳ではない。
ただ、いつもと違う場所で、いつもと違う装いで、いつもと違う雰囲気に浸りたかったのだろう。
それだけで新たな先輩の一面を垣間見る事ができると、心のどこかが予感していたから。

だが、そうだな。

「悪くない」
「あ?」
「リクと出掛けるのも初めてですし。なんか、楽しみだなぁって」
「イロハーっ」

纏わり付くようにもたれてくるリクを手加減なしに押し返しながら、頬が緩むのを感じた。
不自然な程距離を詰めて座る先輩の手と俺の手が、二人の間で組まれたのが叫びたくなる程うれしかった。

もしあるのなら、また今度。二人で。

少し拗ねたようにそっぽを向く先輩の横顔を眺めながら、今夜最初の電話でそう誘ってみようかと思った。

+++

ところで、携帯を買うとなれば名義人が必要だ。未成年の俺も勿論例外ではなく、何よりも先に実家へ戻ってその旨を伝え、同伴してもらう事が先決だった。

たった数ヶ月だが、心持ち懐かしいような感情が沸き上がる駅へ降り立ち、慣れ親しんだ道を三人連れたって歩く。
あの頃は幼なじみと三人で歩いていた場所を、先輩とリクと共に眺めるのが随分と新鮮だった。
けれど違和感は微塵もない。
それだけ、この二人は俺の中にしっかりと根付いているのだと思うと心がくすぐったかった。

「なぁなぁ、イロハの両親ってどんな人ー?」
「あぁ…うん。なんか、変な人」
「え、イロハより?」
「今すぐ帰れ」

ヘラリと笑う顔を睨む。
だがあまり効果はないようで、リクはその締まりのない顔を引き締める事はなかった。まぁ、先輩が一発お見舞いしてくれたから流す事にしよう。

閑静な住宅街。時折犬の散歩をするおばさんが擦れ違う位で、騒がしさとは程遠い。そんな場所にうちはある。
ずっと昔、母親と住んでいた場所とは大違いだと今でも思う。
あれはあれでしっくり来ていたから、どちらかと言うと慣れなくて。
学園自体もきらびやか過ぎてさほど差異は感じられないが、あの家よりかはまぁ、居心地がいいと思うかもしれない。悪い意味ではないのだが。

「母親は脳天気。母親って言うよりかは…そうだな、女」
「女?」
「悪い人じゃないんですけど、どちらかというと子供より男に生き甲斐を見出だすタイプですね。一生懸命なのはわかるんですが、イマイチ母親に成り切れていないと言いますか」

うまく説明出来なかったが、先輩は軽く相槌を打っただけで終わった。説明しなくても見れば何となくわかるだろうと思い、俺もそれ以上の説明をするのをやめた。
ただ恐らく、リクよりかは要領を掴めているんだろう。

キョロキョロと俺の顔と先輩の顔を交互に見るリクを眺めて、そう思った。

「じゃあさ、お父さんは?」
「中学三年の時再婚したばっかりだから、俺にもよくわからない。…少し鬱陶しい、としか言いようがないな」
「えー」
「可愛がられているのはわかるけど…。まぁ会う事はない。多分今日も仕事」
「そっかぁ」

曲がり角付近で思わず足を止める。
不審げなリクと先輩に笑い返して、俺は舗装されたなだらかな地面に視線を落としたまま左に曲がった。

右に曲がって左手二軒目。そこはレンの家だから。その隣はアズの家。
仄かに踏ん切りが着きはじめた気持ちが、隣り合わせの家を見るだけで汚らしい感情へ変化しそう。
そんな自分に気がつきたくなくて足を早めたけれど、二人は何も言わずに長い足をフル稼動して余裕で着いて来てくれた。

「ここです」
「モデルルーム…?」
「綺麗にしてんな」

庭付き一戸建て。基本的に誰もが憧れるその佇まいを眺めて、二人はほうと溜め息を吐いた。二人はもっと大きな家だろうに。

綺麗に手入れされた花壇と青々とした芝生の間を通って、目に痛い程白い壁を主張する家へ進む。
長らく使っていなかった鍵を差し込み回すと、カチャリと軽い音を立てた。

「ただいま」

一応寮にある公衆電話で今日の事は伝えておいたから、不在という訳ではなさそうだ。
靴一つない玄関はけれど、リビングの方から水音と食器の奏でる音が聞こえる。

「お邪魔しまーす」
「お邪魔します」
「はい、どうぞ」

玄関脇に置いてあるスリッパ立てから二足床に置いて、二人が履くのを見届けてからリビングへ踵を返す。
扉に手をかけて開こうとして、そこでやっと何やら不穏な空気が流れているのを察知した。

「……母さん」
「きゃー!早い!早いわイロちゃん!」
「色(しき)ちゃん、落ち着こう!」
「そうね啓太(けいた)さん!」

何をしている。
何故父さんがいる。
どうして、二人してクリーム塗れなんだ。

「お邪魔し……うわぉ」
「……お邪魔、します」

思わず長嘆する。
とりあえずと先輩達が会釈してそれにお馬鹿な両親が返すのを見届けて、ソファに促した。

「すごいすごーい!レンちゃん達以外のお友達見たのママ初めてよ!」
「色ちゃん色ちゃん、零れてるよ!」
「あらあら!」

カウンター式のシステムキッチンで慌てふためく二人、基自分の両親を見て、また改めて溜め息。

自慢の黒髪にまで白いものを付着させた頭の悪そうな女性が母親、雨竜色。
理知的なノンフレーム眼鏡が全くの役立たずな、頭の悪そうな微笑みを浮かべているのが父親、雨竜啓太。ちなみに婿養子。

どちらも頭悪そう。その代わりと言ったらなんだが、人の良さそうな、つまり簡単に詐欺に引っ掛かりそうな雰囲気を醸し出している。