どうして
と呟く声は激しいBGMに掻き消された

ポツンと一人
廻る世界に置いてきぼりにされたような 気分の中で

俺は
遠い 遠い

そして何より近かった
あなたを

ただ 見ていた

【space】

ポタポタと鬱陶しく水を滴らせる髪を乱暴に掻き上げて、浴室からリビングへ続く扉を開けた。

お湯で暖められ火照った体は、乾いた空気を喜ぶように熱を下げていく。
少し長湯し過ぎたかと反省しながら使ったタオルを首にかけ、リクが座るリビングのソファに俺も腰掛けた。

「何やってるんだ?」
「せっかくいいテレビが来たんだからさ、何か見ようと思って」

何やら真剣にリクがめくる雑誌は、どうやらテレビの番組表のようだ。

どのチャンネルの番組を見るか悩んでいるのか、あーだこーだと一人首を捻っている。俺は口を出す気になどならず、肩にかけたタオルで手持ち無沙汰に髪にガシガシと吹いた。


元々、この部屋にテレビはなかった。
この寮内で、殆どと言ってもいい程の部屋には設置されているらしいが、それは全て生徒の私物。
中等部時代、リクは同室者が持ち込んだテレビを見ていたらしい。
けれど高等部になってからは、俺もリクも持ち込む事なく過ごしていた。

わざわざ買いに行くのも親に頼むのも面倒臭いし、そこまでして見たいものでもないしと俺は思っていたのだが、それはリクも同じらしかった。
あれば見るけどないならないで別にどうもしない、そんな感じ。

そういうものが好きそうなのになと少し驚いた俺に、どんなイメージ抱いてんのと膨れていたのは記憶に新しい。

「棚ぼたと言うか…」
「シノ先輩もよくあそこで思い出したよなー、俺らんとこテレビ無いって」
「そんなに意外だったんだろうか…」
「ま、珍しくはあったんじゃね?」

歓迎会の商品授与式での先輩の助言により、この部屋には現代機器が到着した訳だ。ついさっき。
しかもかなり新しいものだったらしく、リクはみっともなく口をポカンと開けて、無意味にやばいやばいやばいと呟いていた。
何がやばいのかと聞かれれば恐らくあれだろう。
たかが新入生歓迎会の商品に注ぎ込む予算の多さ。

そんな経緯を経て今やそのテレビ様は、白い壁の大半を占領して吊り下がっている。これが常識の範囲内の大きさかと是非生徒会に問いたいが、その労力が勿体ない気がしたので心の中に留めておく。袋だたき覚悟で挑む程の大事ではないし、ありがたい事に変わりはない。きっと常識の種類が違うのだ。

それでもそれに食いつく程興味を持てない俺は、水分を求め出した喉を潤す為キッチンへ向かった。

確か飲みかけのスポーツドリンクを入れたままにしていたはず。
何でもいい。喉が渇いた。

「あ、何かメールきたー。シノ先輩じゃん」

ダラーンと足を投げ出しだらし無い体制になって、リクがカチカチと携帯を弄り出す。
それを横目で見ながら、俺は取り出したペットボトルを勢いよく煽った。

「……染み渡る」
「何黄昏れてんだよー」

煩いな黄昏れたくなるくらい美味しく感じたんだ。
そう心の中で悪態ついて、またソファに戻る。
まだ寝るには早い時間だから、このままリクの見たい番組を鑑賞するのも良いかもしれない。
そしたら明日、その話しを先輩にしよう。慌てふためく俺達に助言をくれた事ももう一度お礼を言いたいし。

相変わらずの昼休み、弾むとは言えないがポツリポツリと、辛いと感じない沈黙の合間に会話を交わせるようになった。

それはあの甘ったるい雰囲気に少しでも慣れ始めたからだろうか。
だとしたらその内、全く臆さずに会話出来る日が来るのだろうかと考えて、それはいくら何でも不可能だと苦笑いが零れた。

慣れるはずがない。

あの甘さも、あの優しさも、あの、時折痛く突き刺さる視線を寄越す熱を孕んだような薄い色の瞳にも。

「これにしよ。いい?」
「何でもいい」
「言うと思った。ま、ちゃんと見てろよー」

パチリと携帯を閉じたリクは、チャンネルを合わせて立ち上がる。
そしてすぐ出て来るからと言い残して、さっさと風呂場へ行ってしまった。

「ちゃんと見てろって…」

入浴中の内容を見て伝えろと言いたいのだろうか。
なら自分で見て終わってから入れと文句を垂れそうになって、仕方ないなと飲み込んだ。

何だかんだ言って、恐らく俺はリクが見ると言ったから見たくなったのだろう。
もしかしたら、リクという友人に少なからず依存しているのかもしれない。

何だか小さな子が、友達と同じ事をとりあえずしたがるようだと情けなくなる。
まさに日本人だ、と口を歪めたところで、シャンプーのCMから番組へと移り変わった。

こんばんはー、と自己紹介をし始める男性が二人。
派手なセットの前で、観客の拍手を受けながら楽しそうにお喋りをしている。
二時間スペシャル、という単語が飛び出しているから、特番か何かなのだろう。

「…何の番組だ」

それがさっぱりわからないまま、二人の会話は続く。
前座なのだろうか、芸人のようなテンポのよい会話で、観客から盛大な笑いが湧いた。

「………」

自分の頬が笑みを形作るのを自覚した。
40代くらいのその二人の会話は大層面白く、大袈裟なテロップと効果音が更に笑いを誘う。

暫くそうしていたところで仕切直しといったように、二人とはまた違う男性が映った。

『一組目はこの人!甘ったるい声で女性からの支持が高く、更には誰もが憧れるスタイルと明るい性格で男性からの人気も急上昇中!切ない恋をアップテンポな曲に合わせて、女性視点で歌う絶妙なバランスが注目の、今や若手の星!』

その眩しい瞳はあなたを見ています、

AZUMA!


暗く落とされた証明。
次いで、淡く白いライトに照らされて浮かび上がるシルエット