まぁ、吐かせるのは俺達風紀の仕事じゃないけど。

あ…まずい、こんな状態までやっちゃった後じゃ、倉持先輩確実に怒る。
あの人は物凄く恐い気がする。
声を荒げて怒られた訳でも睨まれた訳でもないのに、毎回感じるあの悪寒は本能からの警告だ。多分。

「そう言えば先輩、イロハとどこで会ったんスか?」
「…イロハ?」
「あー…さっきちゃんと友達に昇格しましたー!次は親友目指しまっス!」
「恋人は狙うだけ無駄だからな。そこ俺のもんだし。会った場所は教えねぇ、これも俺のもん」
「…やっぱ好きなんスね」

俺の呼び捨て発言に反応を示しとっさに睨みを効かせたシノ先輩は、俺の弁解に満足したのか不敵に笑った。

「ったりめぇだろ。これから先は俺のもんだ…昔はどうだか知らねぇがな」

腕を組んで壁に背を預けたまま、鋭く空を睨む。それは知らぬ誰かを見ているようだった。
何を根拠にそう断言出来る程の自信が湧くのかはわからないが、先輩がそう言えばそれが決まった未来のようで不思議だ。

イロハを探している時も、そうだった。

『大丈夫だ』

内心焦って嫌な想像ばかりしていた俺に先輩がかけた言葉は、声色こそ固く冷たいモノで、なのに本当に大丈夫な気がして。
無駄に力んだ体の力が抜けて、頭が冴えた。

これが一年の差か、はたまた見てきた世界の違いか。

「レン、ってイロハが呟いてんスよ」

ずっと気になっていた。
寝入ったイロハが、掠れた声で大事そうに呟いた人の名前。
愛おしそうな声とは裏腹に、眉を潜めて苦しそうに、泣き出しそうに。

先輩は目を細めて天井の奇っ怪な模様を見ていた。
イロハが寝言で呟いた事を先輩に俺が報告するのはおかしいけど。
きっと俺は、さっきのイロハの表情を見た瞬間に「レン」って人に嫌悪感を覚えたんだと思う。

寝てる間にもイロハを苦しめる存在なのかと。
一体、イロハにとってそいつは何者なんだと。

あんな表情をさせてしまう「レン」より、俺は断然先輩の肩を持ちたかったんだ。

「あのアンクレット、どうしてた」
「…大事そうに握ったままっスよ。あんな顔されちゃ離せなんて俺にはとても言えません」

ホント、なんなんでしょうね。
その言葉を吐くのはさすがに躊躇われた。
男か女か、親か兄弟か。
もしくは犬か猫か。

様々な可能性はあれど、声に出して推測するのは何故かとても嫌な気分だった。

うっすらと形作られ始めた想像を、自分の中で否定したかったからかもしれない。

「木津」

ズシリと頭に先輩の手が乗った。
目線だけで返事をすると、力任せに上から力が加わる。

従って無理に下げられた頭のせいで首から変な音がした。

「痛いっス!」
「人の過去に思い馳せんな。何があっても受け止めてやりゃいい。無駄に考える必要なんてねぇんだよ。けど」
「…けど、何スか」
「こっから先は俺らで作りゃいいんだよ。親友と恋人として、な」

先輩は事も無げに、そう言ってのけた。

やはり根拠のないその自信から出る言葉は、ノストラダムスなんかよりは断然当たりそうな気がした。

いや、きっと叶うのだろう。

だって、彼がそう言ったんだから。

「ちっくしょ、先輩かっこいいっス!」
「てめぇに言われても嬉しかねぇよ」

この人の薄い瞳は、イロハにだけ輝くのだろう。

この人の愛情は、イロハにだけ安売りされるのだろう。

この人はきっと、ありったけの想いをイロハの為だけに歌ってくれるよ。


勝手かもしんない。
けど、本当にそうなってほしいと思ってるんだ。

イロハ、キミは愛されるべき存在だと、俺は確信を持って言えるから。

いつだって、愛されていて。