大切にするよ

大切にする

【Future】

カチャリ、と後ろ手に閉じたドアが存外大きな音を立てた。

深夜二時。人気のない廊下は静寂を保って、淡くオレンジの光だけが灯る雰囲気はどこか不気味。
仄かな暖色は優しく、けれど密かに煮えたぎる激情を絆す事はない。

むしろその平和さに、がむしゃらに八つ当たりしたくなるだけで。

この血の昇った自分を、イロハに気付かれなかった事が救いだった。
押さえ込まれて下劣な行為を強いられかけていたイロハの痴態は、瞼の裏にこんがりと焼き付いて離れない。
本当に殺してやろうとさえ思った。

…まぁそれも、副委員長様の暴れっぷりにごっそり削がれてしまったけれど。

「シノ先輩、殺しはヤダぜ〜」

もしそうするなら、是非とも参加させてくんないと。

向かう先は大浴場。
自分が着く頃にはきっと全部終わっているのだろう。
ならば形だけでも止めるフリをしてみるのもいいかもしれない。

リクの足取りは軽く、爽やかさがナリを潜めた表情はどこを探しても慈悲の欠片も見あたらなかった。


「シノ先輩」

灯りの漏れる大浴場と引き戸を引くと、待ちくたびれたような顔のシノ先輩が手を挙げた。
薄く笑む先輩は立ち上がってこちらへ寄ってくる。

「遅ぇよ。でも木津なら来ると思った」
「先輩が調子乗って殺っちゃわないよーに見に来たんでーっす」
「だったら尚遅ぇ」
「みたいっスねー」

喉を鳴らして笑う先輩から脱衣所へ視線を移す。
その床に三人…三体、本気で死ねばいいと思えるクソが伸びていた。

イロハを連れ出す時に先輩が気を失わせたみたいだったから、もう逃げちゃってるかもしれないって思ってたけど、そこまで軽い一撃でもなかったみたいだ。

きっと、謝罪の言葉すら最後まで紡がせてもらえなかっただろう。
それもそうだ。
経緯は詳しく知らないが、先程の委員室での二人を見ればわかる。

シノ先輩はイロハの事が好きだ。確実に。
加えて、この人はただの一般人じゃ、ない。

「…さすがっスね、BeastのNo.2は」
「元だ、つったろ?」

その辺の事情に詳しくない俺が知っている程有名だったチームの、副総長だったのがこの人、東雲慶一郎だ。

多くの人間に見せている東雲慶一郎とは全く違う。

心底楽しくて堪らないと嘲笑うようにクソ達を見る瞳の色も、歪んだ口元も。
人畜無害な雰囲気などもうどこにもない。

貼り付けたその他大勢の為の微笑みも、深入りを許さない明るい口調も態度も。
それこそ本当に、二重人格なのではないかと思う位。

俺的にはこっちの作ってないシノ先輩が好きだけど。
そんな人を怒らせて、無事で済むはずがないんだよ。

「イロは?傷の具合はどうだ」
「体中痣だらけっスよ。痛み止め飲ませて、寝かせました」
「明日…今日か。熱出るかもしんねぇから無理させねぇように見とけ。…クソッ、まだ足んねぇな」

そう言ってもう一度クソ達を踏みつけようとする先輩を、一応まぁまぁと止めた。
加減は熟知しているとは思うが、万が一本当に瀕死になられても困る。こいつらには指示を出した人物を吐いてもらわなきゃいけない。
近くに居たかイロハに聞いてもいい、けどもう出来れば関わらせたくないし、本人達からの証言がやはり一番の証拠になる。