行き急ぐように早足で駅に入る人、出てくる人。

人、人、人

たくさんの人が行き交う中で、

その空間だけは時を忘れたかのように止まって見えた。


【Wish】


じ、っと見ていた。

急に立ち止まって動かなくなった俺を、後ろを歩いていた人は邪魔そうに追い抜いて行ったけど、もはやそんな事はどうでもよかった。

裏路地へ入る小道、喫茶店を囲むように作られた花壇に腰掛けて、彼は居た。
植えられたパンジーの紫の間からは、茶色と白の大きな、黒に近い焦げ茶の小さな、猫が二匹。
ピョコリと黒い癖のある髪をした少年の出した手に額を擦り付けて甘えるように見上げている。

それだけならばきっと俺は気付く事も目に留める事もなく、景色の一つとして認識してこんな風に立ち止まってはいないだろう。

早く目を逸らさなければとか、通行人の邪魔になるとか、色んな常識論が浮かんでは消えていく。

もしあの少年が視線に気づいてこっちを向いたらどうするんだ。
……そうなればいいと願っているのは、何故。

少年が手を伸ばす。
小さな猫を抱き上げる。

(あぁそうか、だからか)

何事かを呟いて、笑った。

(純粋なんだ。…縋って、泣きたくなる)


いつの間にか、胸を張って友達と呼べる人間は居なくなっていった。
学園の特質上、それは仕方のないことだったけれど。

毎日毎日、常に誰かが傍にいた。
その人たちはとても俺によくしてくれたし、慕ってくれていたけど、友達ではなかった。

それは贅沢な言い分かもしれない。
だけど俺は、同じ目線で俺と同じモノを見て、俺の顔じゃない、心を感じて受け取ってくれる友達が欲しかったんだ、ずっと。

あわよくば恋愛関係に。
あわよくば将来背負って立つ会社のパイプラインに。

そんな貼り付けた笑顔じゃなくて、嬉しくて楽しくて笑ってくれる人が、欲しかった。

彼から視線を動かせなくなったのは、俺の求めてやまない笑顔がそこにあったからだ。

暫く眺めていると少年は斜めがけのスポーツバッグを持ち直して立ち上がった。
名残惜しそうに猫を一撫でする姿を見て、あの少年にもう一度会いたいという気持ちが沸々と沸き上がってくる。

それと同時に、もう一度会える気がしていたんだ。
根拠はない。けれども妙な自信が俺を満たしていた。

俺と彼は通行人A程度の人生出演じゃない。
きっと、俺の人生には彼が必要で、彼の人生にも俺は出演予定なんだ。

だからこんなにも目を奪われた。

もう一度会える。今度は話せる。

そしたら俺は、あの少年の一番の友達になりたい。


この時の俺はまだ知らない。

後にこの少年が同じ学園で同じ部屋になり、とてもとても大切な人間になるってことを。