ヒトリでいい
ヒトリがいい

今度ぬくもりを知ってしまったら
今度ぬくもりをなくしてしまったら

きっと俺は、

【START】

「雨竜、一緒に食堂行こー」

入学式が終わり、慌ただしくクラスの顔合わせや委員会決めも終わり、通常授業が行われるようになったこの頃。
午前の授業を終え、飯だなぁとぼんやりしていると騒がしい奴が俺の机の前に立った。

木津陸(きず りく)は、俺、雨竜依路葉(うりゅう いろは)の同室者でありクラスメイトだ。

いかにもな爽やかスポーツマンタイプで、取り柄は体力と元気ですと言ってしまえそうな、細いのに若干暑苦しく感じる男だといつも思う。

「行かない、他を当たれ」
「えー!いーじゃん親睦深めるチャンスだし」

残念ながらそんなものを深める気、俺には皆無だと心の中で唾を吐く。
ありがたいとも思えない。言わばありがた迷惑のお節介、余計なお世話というやつだ。

なのにこいつは、毎日毎日寮でも学校でもこうして俺に構いたがる。
…いい事なんて一つもないだろうに。

「一々俺に構うな」

一つ溜め息をわざとらしく吐いて、大好物のメロンパンが入った袋を持って逃げるように教室から出た。

「また夜になぁー」

出来れば、夜にも会いたくない。
お前のせいで自室が息苦しい事に、早く気付け馬鹿。

さっさと飽きてくれればいいのに。誘いを断る度に木津のファンだとかいう奴の視線が痛い。
まぁ、どうでもいいけど。


今日は天気がいい。
ならば人の多い教室や食堂よりも静かで誰も居ない空間が俺はいい。よって、最近フラフラし倒して見つけた場所。
中庭の外れの木の下。

馬鹿みたいに広い高等部の敷地内には、至る所に中庭と呼べる場所がある。だがここに通うお坊ちゃまがわざわざ外に出て昼食を取る事はあまりないのだ。

お坊ちゃま学校様々といったところだろうか。

芝生も綺麗に整備されている上に日当たりもいい。
夏は葉が生い茂って強すぎる日差しから守ってくれるだろう。…虫が落ちてくる可能性はあるが。
これでベンチがあれば言う事無しだ。

「…?」

いつものようにそこへ向かうと、誰も居ないはずの木の下に人が居た。
いや、居るというよりはあると表した方がいいかもしれない。
うつ伏せになって伸びているように見えるのだが。

近づいてみても反応はない。寝ているのだろうか。
死んでたら嫌だな、面倒くさそう。

近付いて顔を覗き込んでみると、透けるような金髪の隙間から伏せられた目が見えた。
閉じていてもわかる程男らしい目尻は切れ長で、下瞼に影を落とす睫毛はスラリと伸びている。
そして、睫毛だけのせいではないくっきりとしたクマが見てとれた。

もしかしなくともこれは仮眠中なのだろうか。些か場所に問題ありだが、邪魔をして文句を言われるのは嫌だ。
でも今更他の場所を探すのも教室に戻るのも面倒くさい。

第一、貴重な昼休みの時間を、他人に気を使って無駄にするのはいただけない。はっきり言って癪に障る。
…こんなに近づいても起きないんだ。静かにしていれば問題ないだろ。

そう結論付けて、木の反対側に回ろうと腰を上げた時。

「あ」

パチリ

「……」
「……」

目を覚ました仮眠男(仮)と、しっかり目が合ってしまった。
向こうは何も言わず、気持ち悪い位真顔で俺を見つめる。
対する俺も、さすがに気まずさが最高潮で目を逸らす事が出来ずに居た。

色素の薄い瞳が存外綺麗だなと、その時の俺は危機感も何もなく思っていたんだ。

彼が誰で、自分にとってどんな存在になるのかなど。
まだ何も知らずに。


「は……った…」
「は?」

目を逸らされないまま、足首を仮眠男の手が掴んだ。

そして何事かと内心慌てる俺に、一言。

「はら、へった」

知るか。