もう一度、もう一度あの頃に戻れるのならば。

この気持ちを言葉になんか
しないのに

【未完成なラブソングをキミに】

『イロちゃん』

自分でもわかるくらい足に力が入っていなくて、道行く人が見たならばきっと今にも倒れるんじゃないかと思われていただろう。
そんな事を気にする余裕など欠片もなかったから、その時は何も思わなかったけれど。

『大好きだよ、でもね』

実際頭の中はぐちゃぐちゃで、どうやって家に帰ったのかもよく覚えていない。
それでもこうして部屋に居るって事は、無意識でも慣れた道を勝手に足が歩いてくれたということなのだろう。

『レンちゃんの事が好きなの、あたし』

倒れ込んだ俺を受け止めてくれたベッドが、酷く優しい。
頭はぐちゃぐちゃなのに。
ぼーっとしてるはずなのに。

『だからイロちゃん』

耳を塞いでも、目を瞑っても、アズの姿も言葉も、消えないってわかってる。

『イロちゃんだけに、アズの宝物見せてあげるね』

ダメだ。…ダメだ。
涙が止まらない。
止め方がわからない。

流しすぎたせいで、俺の顔はきっと今、見れたもんじゃないと思う。

熱を持って腫れぼったい瞼をやけに冷たい掌で覆うと、ヒンヤリとした体温が心地よかった。

「なんで、っ…レンっ…、」

レン、

言葉にするだけで、こんなにも恋しい。

「っ、」

ふいに、ポケットの中の携帯が震えて音楽が流れ出す。
アップテンポなそれは俺の好きなバンドの、インディーズ時代に出したラブソングだ。

この歌好き、って呟いてたレンの専用着信音。
もう数時間前から何度もかかってきていた。

当然だ。
待ち合わせ時間はもう、とうの昔に過ぎている。
時間に遅れる事も、電話に出ない事も、初めてだったから。

パカリと携帯を開いて、ディスプレイを見つめる。
レンが勝手に設定した着信画面、レンの家の犬の顔がドアップで表示されていて少し笑えた。
音楽が止まる。
すかさずメール受信画面に切り替わった。

心配してくれてんの?
だったらめちゃくちゃ嬉しい。

ありがと、レン。

未だ受信中の携帯を両手でぎゅっと掴んだ。

メール受信音が鳴る。
この曲もお前が好きだってこぼした曲なんだ。

なぁ、知ってたか?
機械の苦手な俺が、悪戦苦闘しながらでも曲を変えてるのは、お前だけだった事。

親でもアズでもない。
全部全部、お前が特別だった。

少し長めに設定した曲が静かに終わる。それと同時に、手に持った携帯を曲がるはずのない方向へ力一杯折り曲げた。

バキリ、

嫌な音を立てて壊れたソレを足下のゴミ箱に放りいれる。
元々、レンとアズ以外に連絡を取りたい友人なんていないから躊躇いはなかった。

保護メールも、留守電に残ったメッセージも、ふざけて撮った写真も。
存在する事がこんなにも苦しい。
おかしな達成感を抱いて、ボスンともう一度ベッドに倒れ込む。
まだ止まらない涙が枕にどんどん染み込んで、濡れた布の感触が頬に張り付いて気持ち悪かった。

なぁ、レン、アズ。

お前らの事がすごく好きだったんだ。

お前らが居れば、月並みだけど本当に他は何もいらないって思ってた。

…ちがう。
まだ、今でも、大好きだ。

あんな事があっても、アズは今でも可愛い幼なじみなんだ。
レン、…死にそうな位、お前が恋しいよ。

なぁ、何がどこから間違ってたんだろうな。

『レンちゃんとアズ、付き合ってるんだ…イロちゃん』


『ゴメンネ』