悔しい事に黙り込んでしまったのは、図星だからじゃないと強がっておく。
ただ、連るみ初めて早数年。

お前のそんな真剣な顔を見た事が、ないからだ。

【屋上にて】

出席率が高くなったと教師は嬉しそうだった。一部の教師、主に俺が少し虐めてやった教師からは、何故学校に来ているんだとおおよそ教師らしからぬ言葉を視線で言われてしまったけれど。

確かに朝から登校するなんてクソだりぃし、出席日数さえ計算していればそこまで真面目に通う必要のある場所ではない、と俺は思っている。
何しに来ているのかと聞かれれば、間違いなく『遊びに来ている』と答えるだろう。

授業自体はたいして難しいものではないし、面倒臭いと思いはすれど仲間と騒ぐ事と天秤にかければ、結果なんて解りきったものだ。
青臭い青春。
仲間も勉強も喧嘩も、全てがそれに当て嵌まって、そして悪くないなと思う自分が居た。


ただ、ここ暫く毎日朝から登校しているからと言って、馬鹿正直に机にかじりつくなんて真似はしない。
登校時と全く同じ、防寒の限りを尽くした格好で俺は今、寒空の下、空に一番近い場所で無駄に晴れやかな青と白を仰いでいた。

「おーくん、何黄昏れてんのさー」
「気色わりぃ事言うなカス」
「うーん、ヒナタちゃん効果で俺にも優しくシテー」
「無理もったいねぇ、優しさが」

コートとマフラーの俺の隣で、更に耳当てと手袋、口のない子猫キャラクターのホッカイロを装着したパッパラパーが伸びていた。
ヘラヘラ笑う姿は最初妙にカンに障ったが、今ではもう慣れたもの。本当はこいつドMなんじゃないかと疑ってしまう程、いつしかこんなやり取りは当たり前になっていた。

「最近朝から来るねー。ヒナタちゃんのおかげさまさま?」
「うっせ」
「拗ねてるし!うーけーるー!」

ケラケラ笑う太郎を小突いて、ゴロリと自分もコンクリートに身を横たえる。
冷たさはコートのおかげで感じないものの、どうにもならない固さに舌打ちが零れた。

「ねぇねぇもう食っちったー?」
「あ?何を」
「何って、ヒナタちゃんに決まってるじゃーん」
「はぁ?」

何言ってんだこいつヒナは食い物じゃねぇ、と怪訝に見詰め返すと、太郎は目を丸くして首を傾げた。ところでお前が首を傾げた瞬間気持ち悪過ぎて殺したくなったんだが。

「え?ヒナタちゃんの事好きなんっしょ?」
「……馬鹿か。ヒナは男だぞ。てめぇの目には女に見えたかよ」
「はー?そんなんわかってるしー。でも好きっしょ?」

純粋に、やけに真っ直ぐ問い掛けてくるもんだから、思わず顔を背けた。

漠然と散らばっていた、ヒナと居ると常に感じる不可解さが段々と固まって一つになっていくようだ。
薄々感づいていたもの。けれど、根底にある常識観念が除外しようと必死になっていたもの。
太郎の口から軽く飛び出したのは、俺が毎日首を捻っても辿り付けなかった結論で。

「男…」
「うん、だからわかってるってばー。え、もしかして気付いてなかった?うわー、うわー!大河内様ともあろうお方が、恋に気付かないなんて!スクープよぉ!」
「恋ねぇ…。ふーん、そ」
「そだよ」
「しっくり来た」
「だろうねー」

またキャラキャラとジャンキーのような笑い方をする太郎を放って、目を閉じた。
そこには当たり前のようにヒナの姿が浮かんで、もしかしたら瞼の裏に小さなヒナを収納して持ち歩いているのかもしれないと、一瞬ファンタジーすぎる妄想に駆られる。

あぁ、でもそうか。
好きか。成る程な。

「おーくん、今更男だからどーとか、言わないよねぇ?」
「ったりめぇだろ。大河内様だぞ」
「だぁよねー!いーなー、新婚みたいな生活!」

俺の理想の新婚生活はぁー、と全く聞きたくもない理想論を話しはじめる太郎の声を右から左へ受け流して、そうだなやっぱり俺は旦那だからヒナは嫁だよなと一人呟いた。

「プロポーズしねぇとな…」

END
(ヒナがお弁当を届ける日の会話)