窓際の自分の席から見下ろす外観からは、今にもはちきれんばかりにピンクの蕾を飾った並木がズラリと見下ろせた。
遠く見える校門では、下級生が俺達の胸に手作りの少し不格好な花を安全ピンで付けてくれた。

サラリと渇いた机に顔を伏せると、冷たい感触が何だか慰めてくれているみたい。
その拍子に、俺の胸にも付けられている淡い色の花が、小さな音を立てて少し押し潰された。

「ヒナ、おはよ」

顔を上げる。
俺の机前に座った陽は、いつものように吊り気味の瞳を細めて笑った。

「おはよう、陽今日は早いね」
「今日くらいは遅刻しねぇで来るのもいいかなって。卒業式なんだし」

うんそうだねって相槌を打って、それから二人黙ったまま、登校してくる仲間達を見つめた。

徐々に活気づく教室はいつも通り騒がしい。けれど、その中にどこか侘しげな感情が蔓延って、皆が期待と不安、それから、寂しさをごまかすように笑っていた。


ユズと会えなくなって、もう一年と少し、経った。
いつの間にか俺は最学年になってて、陽をきっかけにありがたい程友達と呼べる存在が出来て。

目の下に隈をこしらえながら、毎日皆で勉強して大学が決まって。

ねぇユズ。
もう一年、なのかな。
それとも、まだ一年なのかな。

君との想い出に泣かないよう歯を食い縛っている間に、俺は卒業の日を迎えたよ。


それでも、ユズの噂が耳に入るだけで俺は何だか幸せな気分だった。
元々有名なチームの有名な頭。
出会う以前からも噂は耳に入っていたんだから、その後からも入ってくるのは当たり前で。

ただその内容が、日本に居ないという内容でも、よかったんだ。

ユズに忘れられていたとしても、俺はもう何も疑わない。
ユズが存在していて、ユズを好きだという気持ちが俺を支配し続ける限り、俺には存在する意味と理由が差し出されているのだから。

「何か寂しいね」
「ん…だな。ヒナとは同じ大学だけど…やっぱ、なんつーか…」
「この場所に戻れない事が寂しい、なぁ」
「そう、それ」

携帯一つで繋がれるとわかってはいるものの、この馴染んだ教室で馴染んだ仲間との毎日が、思い出になるのが寂しい。
戻りたくても戻れない、つまりは無い物ねだりだけれど、それでももう少しこの居心地のいい場所に浸っていたいとどうしようもなく思う。

あんなに居心地が悪かった場所なのに。友達が居るという事は、人生を何倍も楽しくできる魔法なのだろう。
どうして少し前の俺はそれに気付けなかったんだと、言い知れぬ後悔までを抱いてしまう。

笑えと言った通りだったね。
離れても尚、ユズは俺に宝物をくれた。この寂しささえも元を辿ればユズの言葉に帰結するという事実が、俺がどれだけユズに支えられているかを物語っていた。

「ヒナ答辞やんなきゃだろ?ちゃんと書いて来た?」
「はは、もちろん!お蔭様ですっごく早起きだった」
「朝書いたんかよ……以外とズボラだよな、ヒナって」
「そうかな」

生徒会長。それが今の俺の肩書きだった。
経緯は俺にも把握出来てない間に、としか言いようがないけど、忙しいながらもすごく充実していたと思う。
学校に来て、友達と馬鹿な話しをして、勉強して目を回して、生徒会として色んな事に取り組んで。
感想を一言で述べろと言われたら、感慨深すぎてきっと俺は陳腐な言葉しか紡げないだろう。

「陽ありがとね」
「なにがー?」
「俺は幸せだよ、すごく」
「…?うん、俺もしあわせ」

何かよくわかっていなさそうだけど、陽は真面目な顔をしてそう言った。
クラスから恥ずかしい奴らだなと野次を飛ばされて言い返して、調子に乗った陽に肩を組まれて肘鉄を食らわせて、それから、また皆で笑う。

こんな時間がずっと続けばいいと思ってた。無理だとわかっているから、尚更。

どうか、もう少しだけ、式開始の予鈴が鳴りませんように。

そう願っているのが俺だけでない事を、俺はちゃんと、知っていた。