自分でも驚く程饒舌さを発揮する俺の口が、視界に捉えた長い黒髪のせいで一瞬にして塞がった。

「、ヒナ?」
「あの人が涼子さんだよ」

沈黙を不思議に思ったらしい問いにその場所を指差すと、ユズは目を細めて涼子さんを視認し頷いた。
そして立ち止まる俺の手を引いて。

「行くぞ」
「うん」

一歩一歩、その軌跡は思い出に溢れているけれど、その先にあるものが何かなんて事、俺達にはちゃんとわかっていた。
進めば進む程、時間が経てば経つ程、見えてくるのは別れの時だ。

怖いし、すごく嫌だ。
後退りたくなる気持ちはいつだって、俺の足を止めようとする。

でもなんでかなぁ。
ユズと居ると何でも出来そうだって言ったら、ユズは笑う?
けど嘘じゃないんだよ。

どんな結果でも、受け入れられそうな気がするんだよ?
それって凄い事だね。

「ねぇユズ」
「ん?」
「だいすき」
「俺のがすきだし」

思えば初めての告白だ、と思った。
順番がちょっと狂った気がするけど、まぁいいよね。俺達らしい、って思わない?

今決めた。
全部が終わったら、俺が君の記憶から消えるまで、

「こんにちは、お姉さん」

だいすきと、言い続けるよ。


+++


ジャリ、と、本日二回目の音が私の俯いた視界の端に靴を映し連れて来た。

見慣れた革靴は相変わらず綺麗に磨かれていて、そんな几帳面なあなたが、今更だけれどまた好きになった。

顔を上げる。
あぁもぅ。困った顔しないでよ。
悲しくて泣いてる訳じゃないの。
今は嬉しいの。本当よ。

「涼子」
「うん…」

こんな奇跡があっていいのかしら。さっきの男の子が言った通りだわ。彼は、私に会いに来てくれた。

半信半疑だったけれど、心のどこかで決めていたの。
あなたが来たら、絶対に、もう強がらないって。

「真さん、私の弱音聞いてくれる?」

そう言うと、真さんは柔らかく笑って、斜面がキツイのに私の前にしゃがんだ。
馬鹿ね。ずり落ちそうなのを痩せ我慢して。でもね、そんな所が好きなの。
優しくて格好つけで、誰より何より私を見ていてくれる。

神様なんかより私を幸せにしてくれるって、自信を持って言えるわ。

「何でも聞くよ。君の気持ちなら、何でも、何時間でも」

そんな優しいから、私が我が儘になるの。わかって言ってる?
だとしたらもうダメ。惚れ直しちゃう。
あのね。

「ごめんなさい。寂しいの」
「うん」
「一人にしないでほしい」
「…うん」
「あなたの居ない部屋に帰るのは、つらい」
「うん」
「あなたもつらい?」
「とても」
「海外に行っても、私しか愛さない?」
「そんなの当たり前だよ」
「少なくても三日に一回は、」
「電話だろう?」
「…一月に一回は、」
「手紙を書くよ」
「じゃ、じゃあ毎日」
「一秒ごとに君を想うよ」


あとね、それから。
言いたかった事がね、あるの。

「真さん、いってらっしゃい」


「いってきます。僕を待ってて、涼子」

好きより愛してるより、あなたが帰って来るように、約束の言葉。

帰って来たら一番に、私を抱きしめて。
そしたら私は、干しかけのお洋服を放り出して抱き返すから。


ねぇいつか、今日の事を昔話としてあなたと話す時が来たら、教えてあげる。

とても優しい、自称未来から来た男の子がね、あなたが来る事を予言したのよって。
少し赤くなっていたけど、目許があなたによく似ていたわ。

きっときっと、あなたと私の未来の宝物なんだわ、って