「さて。何から聞きたい?お前にとっては実際とばっちりだからな。ある程度なら答えてやってもいい」
腕時計を一概して、榊さんが腕を組む。原田さんが言った通り、この人も危害を加えて来ないのは感づいていた。
「ユズの携帯は、どうしたんですか?」
「学校なんてもんは隙だらけだからな。返しておいてやる。もう人質はここに居るからな」
そう言って、ポケットの中から見慣れた携帯を放り渡される。
うまく手の中に落ちてきた携帯に、初めて二人で出掛けた日にお揃いで買ってくれたストラップだけが付いていて、愛しくなった。
「…じゃあ、ユズはどこに?」
「さぁな。その内ここに来るだろう。Bloodyのメンバーを引き連れて、な」
「何が、…何がしたいんですか…?」
「喧嘩だ。どちらが弱者で強者がを決める為にな」
「何の為に!?」
そんな事の為に、と思わず語尾が荒ぐ俺を静かに見遣った榊さんは、怒る事もなく穏やかに笑みを浮かべた。
けれど、その獣のような鋭い瞳は、隠せるものではなくて。
「戦えと本能が叫ぶからだ。同じ場所に、対等な力を持つ者は二人もいらない。…男とはそういう、馬鹿な生き方しか出来んもんだ。お前もわかるだろう」
唖然と、目を見張るしかなかった。
ユズとはまた違った、成熟した強さに、きっとメンバーの彼らは惹かれたのだろう。凛々しく雄々しい人。
記憶の中の荒々しく猛々しいユズとは正反対の。
「あぁほら。…来たみたいだな」
窓のない部屋でもわかる夥しい量のエンジン音が近付いて来る。
楽しそうな顔をした榊さんは、立ち上がって部屋を後にした。
始まるのだ。
何も知らなくてもわかる。
ただの喧嘩、ではない。
合戦だ。
「小宮山。あんたはここに居ろ。俺は行かなきゃなんねぇから」
「お、俺も行きます!」
「ダメだ」
いきり立つ俺を余所に、原田さんは妙に落ち着き払って俺の肩に手を置いた。
榊さんのような、メンバーのような闘争心はそこにはない。
あるのはただ、場違いな程穏やかな瞳だった。
「…きっと、ヘルは負ける」
「…っ!?」
「世代交代だ。どこの世界にもある。今のヘルに、Bloodyを負かすだけの力はねぇんだ。だから、ここに居ろ。大河内が迎えに来てくれるから。まぁ、やれるだけやってみっけどさ」
「そんな…」
何て潔い人なんだろう。
未来の確証もなしに、敗北を予知して。それでも尚、立ち向かおうとするのか。
「これでも一応榊さんの右腕張ってんだ。チームの事は誰より、見てるから」
そう悟ったように呟いた原田さんは、俺に背を向けてしまう。
何か言わなければと思うのに、やはり役立たずな俺の喉は何の音も奏でる事は出来なくて。
背中が遠ざかって、階段へと消えて行く。
急に騒がしくなった屋外と、中にも入って来たのだろう、コンクリートに反射する怒声が響く。
「何やってるんだろう…俺…」
いつかはぶつかる宿命だったであろう二つのチームを今ぶつけている引き金は、間違う事なく俺だ。
ここで行けば、きっと榊さんと原田さんの好意を無下にするだろう。
けど。
黙って安全な場所で震えているなんて、出来ないに決まってる。
「ユズ…っ…!」
早く、と急かすまでもなく、足は勝手に階段を駆け降りて行く。
確か来た道はこっちだったと、道中は気付かなかったややこしい造りの廃墟にもどかしさが募った。
ユズは?タロちゃんは?マサ君は?
榊さんも、原田さんも。
自分が部外者だって理解してる。
口出しなんかしちゃいけないって、でしゃばっちゃダメだって事も。
でも止められないんだ。
足は動く。体が反応する。
脳が拒否を示す。
それが俺なんだから、もう仕方ないじゃないか。
「はっ…いた…っ」
遠く、廃墟の入口を見回している眩しい金髪を視界に捉えた。
他に顔見知りの人は見当たらない。タロちゃん達は、外に居るのだろうか。
「ユ、……っえ…?」
「こんなとこうろついてちゃいけねェなァ…人質さんよォ…」
ユズに走り寄ろうとしたその刹那、何者かによって羽交い締めにされた。混乱する俺の耳元で、ダミ声がくつくつと笑う。
喉仏にヒタリと当たる冷たい感触に息を呑みながら、俺はらしくなく舌打ちを零したくなった。
「…離して下さい」
「無理だね。おい大河内!」
どうして。うまくいかない。
何も出来ないの、わかっていたけど。
こちらを向いたユズと視線が絡んで、細められるその瞳を見て、本気で泣きそうになった。