どこかそこだけ別世界のような、ライトの眩しい場所へと足を進める。
こちらに気付いた人達が面白そうに唇を吊り上げる度に、心臓が早鐘のように脈打った。

「大丈夫だし。固くなんなくていい」

そうだ、大丈夫。
ユズはここに居ないだろうけど、原田さんが居るじゃないか。
一人ぼっちじゃない。何を恐れる事がある。
小さな声で頷いて、その、別世界へ。

一瞬にして静まり返った中で、俺は眩しさに目を細めた。

「いらっしゃい、大河内のオンナとやら」

原田さんと並ぶ俺を囲むように、周りにぐるりと人垣が出来た。
そのど真ん中、一番偉そうな態度で立つその人は、侮辱じみた言葉とは裏腹に真剣な表情で俺を見た。

赤くて短い髪には、何だかよくわからないがオシャレな剃り込みが入っている。どこぞのグループのボーカルみたいだ、とぼんやり思った。

「…俺は、男ですが」
「ほぉ?まだ新品か?…まぁいい。ヘル総長、榊だ。歓迎するぜ、人質さん」

歓迎なんて雰囲気じゃないけど、と周りを見渡して思う。
どの人も射抜かんばかりに俺を睨んでいて、情けないがかなり膝が笑っている。
榊さんと原田さんだけが穏やかで、二人が居なかったらきっと、現実逃避代わりに意識を飛ばしてしまっていただろう。

「…どうして、こんな事を」
「ってめぇ榊さんに軽々しく声かけやがっ…」
「黙れ。お客様だと言ったろう」

吠えるな、と榊さんが声を低くした瞬間、俺に対して声を荒げたその人はピタリと口を閉じた。
もう言葉を発する人は一人もいない。
統率力があるとか躾が行き渡っているとか、ここは称賛の言葉を浮かべるべきなのだろう。

けど、一様に恍惚とした視線を榊さんに寄せるこの団体は、俺には異様としか思えなかった。

「何故か、だったか。答えてやろう。だが立ち話もなんだ。中へお招きしよう」
「いえ、俺は別に…!」
「ここに居て、興奮したうちの犬に噛まれたいなら、かまわないが?」

廃墟へと踵を返した榊さんが、チラリと振り返って笑う。
出来る事なら相手の陣地の深部になど身を落ち着けたくはないが、榊さんの言う通り、犬と呼ばれたメンバー達は何故か憎々しげに見詰めてくる。

榊さんの後ろ姿を恨めしげに睨みながら、背中を原田さんに軽く叩かれて促された俺は、仕方なくご好意に甘える事にした。というか、それ以外に生きて帰る方法が見つからなかった。

カツカツと足音の響く、案外汚れていない廃墟の中を歩く。
原田さんは無言のままだがちゃんと隣を歩いてくれていて、それだけで妙な安心感が生まれた。

暗い、コンクリートの道すがら。今ユズはどこに居るんだろうと考える。

人質を取ったという事は、ユズを何らかの方法で嵌めるつもりなのだろうか。
だとしたら、ユズは怪我などしていないだろうか。そもそも俺に、人質としての利用価値があるのか?

早く帰りたい。
早く、ユズに会いたいのに。

先を歩く榊さんが、階段を上がりその先にある扉を開く。
紳士のように扉を押さえて待たれるのが酷く嫌で、俺は小走りでその中へと入った。

「好きなところに座れ」
「失礼、します…」
「原田、お前は下がれ」
「え、いや、原田さん……っ」

恭しく設置されたソファの端に腰掛けた俺は、原田さんを払おうとする榊さんの言葉に慌てて立ち上がった。
総長の命令なのだから、原田さんがそれに従うのは当然の事だ。それが縦社会なのだから。
けれど、今の俺から原田さんを引き離されるのは、かなり堪える。

困ったように笑った原田さんに罪悪感が募り、伸ばしかけた手を引っ込める。黙ってまた座ろうとすると、ひじ掛けの傍に、人の気配がして。

「榊さん、すいません。不安でしょうから」
「原田さん…」
「随分と懐かれたものだな。…まぁいい」

肘をついて面白そうに笑う榊さんから了承を得て、原田さんがパチリと片目をつむって見せた。
それがあんまりにも優しくて嬉しくて、そんな場でもないのに笑ってしまった。