「ユズごめん!もう食べた!?俺朝渡すの忘れて…ホントごめん…」
「や、まだ。あんがとな」
「よかった…」

受けとったユズを見て嬉しくなる。
いい子と頭を撫でるユズに笑いかけると、周りからまた野次と囃し立てるような口笛が聞こえた。

「ちょ、大河内があまーい!」
「ヒナタちゃんもナチュラルにあまーい!」
「いちゃこくなー!」
「い、いちゃついてません!」
「ヒナかわい」
「ユズ!!」

顔が真っ赤になるのがわかる。
便乗するようなユズの発言に怒ってみせるけれど、そう言えば俺がキャンキャン怒るのをユズは気に入っていたと思い出して机の下に隠れたくなった。
このままでは埒が開かないと、ユズを見上げる。

「じゃあ、お、俺帰るから!」
「アホか。ヒナ一人で帰して絡まれたらどーすんだ」
「大丈夫!」
「ヒナも食ってけ。おい誰か、俺の嫁に椅子」
「へい旦那!」
「ちょ、ちょ…っ!」

慌てているのは俺だけで、あれよあれよという間にユズの机の隣に椅子が置かれる。
タロちゃんもマサ君も傍観を決め込んでいるようで、昼食を広げて待っていた。

「で、でも俺部外者だし…」
「大河内の嫁が部外者な訳あるかー!文句ねーよなみんな!」

椅子を持って来てくれた人にそう訴えかけてみたけれど、ニッと笑ったその人は教室内にそう呼び掛けた。
ありませーん!と満面の笑みと共に揃う掛け声。

あぁ何て平和なクラス、と言葉を無くしながらも、俺は諦めて大人しく椅子に座らせてもらった。
そうこうしている間に、机に積み上がる程のパンをおすそ分けされて、申し訳ないやらありがたいやらで俺はキョドキョドと頭を下げた。

「あの、皆さん…ありがとうございます」
「いーっていーって!皆多めに買い込んでんだから一つくらい痛くも痒くもねーし!」
「そーそー!」
「ヒナ、半分こっちも食えよ」
「ありがと、ユズ」

いただいたパンをかじりながら、タロちゃんがたくさん買って来たらしいパックジュースを一つ頂く。
聞けば三人の中で、昼食時のジュース買い出しはじゃんけんで負けた人がするらしい。その帰り道で助けてもらったのだから、これ程の幸運はない。

お弁当も少しツマミながら、パンも食べながら。
ユズやタロちゃんマサ君以外にも、気軽に話し掛けてくれる人達との会話を交えて、ここに辿り着くまでの恐怖と不安からは想像つかないくらい楽しい時間を過ごした。

「エロ腰」
「え?マサ君何か言った?」
「マサ…てめぇ後で覚えてろ」
「忘れた」
「ヒナタちゃーん!その服ピッタリだねー!」
「う……いいもん…俺なんて…」
「俺の服着て、もんとか言うな。かわいすぎ」
「ううううるさい!」

ドッと広がる笑い声。
口々に話し掛けてくれる人達、楽しい会話。

こんな眩しくて楽しい時間を、日常を、俺は知ろうとせずに生きてきたのか。

もう少し積極的に、元の時間でもクラスメイトに接する事が出来たら、何か変わっていたのかもしれない。

気持ち悪いと一線を引いていたのは、本当に周り?

俺じゃなかっただろうか。


そこに疑問を持てた事が俺には奇跡で、あぁまたユズに大切なものをもらってしまったと、そっと息を吐いた。


昼食を終え、何故かもらったパンをビニール袋に詰めて持たされ、俺はユズに校門まで送ってもらっていた。

本当はクラスの人達も行くと言っていたのだけれど、それは目立つとユズが一喝したのだ。
鶴の一言のようにクラスを纏めるユズを見て、やっぱりリーダー気質なんだと再確認。

「ヒナこれ」
「ん?番号…ユズの?」
「そ。家着いたら鳴らせ。一時間経って鳴らなけりゃ、クラス全員で捜索隊編成すっから」
「必ずします」

そんな大事にされては堪らない。
さっさと帰って電話しようと固く決意した。

おかしそうに笑ったユズは、それからと前置いた。

「寄り道はすんな。絡まれたら俺の名前出せ」
「大丈夫だよ…」
「わかったって頷いてろ。……やっぱり送っ」
「いい!大丈夫!寄り道もしないしユズの名前出すから!授業受けて!?ね?」
「…………ッチ」

今舌打ちしましたよね柚綺さん。

不満そうな顔のユズに苦笑いして、それじゃあ、と俺は背を向けた。

「…ヒナ」
「ん?」

少し離れた所で呼び止められる。
振り返ると、優しげに笑ったユズがポケットに手を入れてまだ立っていた。

「早く帰っから、待ってろよ」
「うん。…早く帰って来てね」

待ってる、と笑って、今度は振り返る事なく家路を辿る。

後何回、こんなこそばゆいやり取りをユズと交わせるのだろう。
追われるような焦燥感を慰める事も出来ずに、俺は前を見据えて歩いた。





「榊さん…あいつ、使えるかも」
「だな」

よろしくない出来事というものは、いつだってひっそりと足音を忍ばせていつの間にか爆発するのだ。
それを察知する事など、出来はしない。

「大河内柚綺…Bloodyの頭、ねぇ…最近大人しくしてると思えば男に現抜かしてるとはな…」

不穏な言葉は、冬の空に白い輝きとなって溶けていった。