天使は天使でも上位天使だ。もう神様と呼ばせてほしい。
俺の縋るような視線に気付いたのか、タロちゃんは紙パックジュースをいくつも抱えたまま集団を掻き分け、俺の腕を掴んだ。
「羽田か…」
「ッチ、面倒な奴が来た。おいてめぇら、戻るぞ」
最初の赤髪とスキンが舌打ちして背中を向けると、集団も面白くなさそうに文句を垂れてその後を着いて行く。
呆気なく解放された俺は途端涙が出そうになって、慌てて袖で拭った。
泣いちゃいけない、ユズとの約束だ。
「あ、それおーくんの?持って来たのー?」
「うん…」
「そかー、じゃ、いこ!」
そんな情けない俺に何も言わずにタロちゃんは腕を引く。
ごめんねとありがとうを呟くと、嬉しそうに振り返って腕をブンブンと振ってくれた。
タロちゃんが隣に居る事で、視線は集めるものの誰に絡まれる事まなく、連れられるまま1ーCと書かれた教室へ辿り着く。
けたたましく扉を開いてズンズン中へ入って行くタロちゃんに引きずられながら、俺も教室内へ足を踏み入れた。
「おー?タロ誰連れてんのー?」
「わお!ちょー美人!」
「おーい!タロが誰か拾って来たぞー!」
「拾ってなーい!おーくんおーくん!ヒナタちゃん拾った!」
「拾ってんじゃねーか!」
ギャハハハ!と笑い声が響く中、窓際の一番後ろというベストポジションで机に伏せる金髪に明るく声をかける。
その前に座るマサ君が俺に手を上げたところで、伏せていたユズはゆっくりと体を起こした。そして勢いよく立ち上がる。
あまりの勢いに倒れた椅子が大きな音を立てて、騒がしかった教室は急にシンと静まり返った。
「……ヒナ?」
「う、あ、はい!」
目をしかめて俺をじっと見たユズは、改めて俺を認識して鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。鳩のそんな顔見た事ないけど、その例えが一番しっくり来ると思う。
そして俺の腕を掴んだままのタロちゃんの腕をチョップでたたき落として、ガッシリと肩を掴まれた。
「大丈夫だったか!?」
いたいー!と嘆くタロちゃんは無視。
心底焦ったような顔のユズは、ペタペタと俺の体を余すことなく触って、どうやら無事かどうか確かめているらしい。
「う、うん!大丈夫!何もないよ!」
「えー、ヒナタちゃんさっき」
「何も、ないよ!」
「さ…さっき会ったんだよねー…」
思わずタロちゃんを睨む。
何とか意思が伝わったようで、遠い目をしたタロちゃんはあははと渇いた笑いを零した。
絡まれていたなんてユズに知れたら、何かマズイ気がする。直感というか本能で俺はそれを悟った。
俺が何もないアピールをしながら笑うと、暫く怪訝な視線を寄越していたユズも、漸くホっと息を吐いた。
よかった…信じてくれた…。
「大河内ー、その子誰さ」
「紹介しろよな!」
ユズの纏うオーラが穏やかなものに変わったのを感じたのか、クラスの人達も続々と声を上げはじめた。何て賢い人達だろう。きっと将来はうまく生きていける。
ユズはうっせぇ!と声を荒げて、グイと俺の肩を抱いた。
「ユズ…?」
「ヒナタ。俺の嫁」
嫁って何、と俺が白けた所で、予想外に教室内は沸き上がる。
手を叩いて笑い、やんややんやと野次を飛ばす。
それに対しユズは偉そうに腰に手を当てて踏ん反り返り、だから指一本触れるなよ!見るのは許可、とか馬鹿な事を言っていた。
「はいはーい!旦那ぁ、話しかけるのは?」
「却下!」
「まぁじでー!どんだけ愛妻家なんだおめー」
何、このゆるすぎるノリ。
誰一人、男に嫁は酷いと至極一般的な意見を述べる事なく、更に楽しげに沸いている。
もういいやどうにでもなれと苦笑した所で視界の端に時計が映り、その予想外の時間に俺は目を見張った。
「え!?もうお昼休みなの!?」
「あぁ」
「俺どんだけ迷ってたんだろ…っ!」
頭を抱えて考える。
確か家を出たのはもっと早い時間だったはずなのに、時計の針はとっくに12時を回っていた。
人に聞きながら来たのと、門前でびびっていた時間と、職員室でのタイムロス。
自分でも気付かない程無駄に時間をかけてしまっていたみたいだ。
俺は慌ててユズに向き直り、腕の中のお弁当を押し付けた。