成さねばならぬ、何事も。
そう何度も何度も、夢に出そうな程何度も呟いて、また前を見る。

途中幾人もの人に道を尋ねて何とか辿り着いたその場所は、冬場の雰囲気も相まって閑散と、それでいて邪まな熱気が見上げるだけでも伝わって来る。

「む、無理…こわっ……」

ヒナ、只今弁当箱を抱えて、ユズの高校の門前に佇んでおります。
お母様、俺にはこの門が樹海の入口より怖く思えるのですが、気のせいでしょうか?

入ったら二度と出て来れなさそうな気がする。曲がりなりにも教育現場であるにも関わらず、この不穏なオーラは如何なものか。
噂では色々と聞いていたけれど、火の無いところに煙は立たないとはよく言ったもので。

「わぁ…ホントにアートだし…」

高く、見ようによっては刑務所の壁のように聳え立つ塀には、所狭しとカラフルな芸術じみたイラストが描かれている。
一歩門の中に足を踏み入れると、それは内塀にもズラリと並べられていた。

きっとエセアーティストの方々が必死に描いたものなのだ。手間と時間を惜しまずに。画用紙と絵の具なら平和なのに。
それ程完成度の高いそれらをじっくり見たい衝動を押し止めて、俺は意を決して悪魔の住家…じゃない、校舎へと向かった。

荒れて雑草の生えた、おおよそ学校の運動場らしくない校庭を横切るように歩く。
一クラスくらい体育の授業をしていてくれたら少しはこの何とも言えない心細さが解消されるのにと思ったが、それはそれで妙な心地悪さに襲われそうだ。

時間的に授業中なのだろう。どこにも人影は見えない。
まぁ、人影がないというだけで、校舎に近づくに連れ怒号やはしゃぎ声は聞こえるのだけれど。

「ここが靴箱…かな。あ、あった」

一際大きく口を開く悪魔の住…違うってば。入り口の中を覗きこむと、予想通り荒れてはいるがまぁまぁ普通の靴箱があった。見渡すと来賓用のスリッパ置き場もある。
スリッパを履いて靴を仕舞い、さっさと職員室で先生に預けて脱出…だから違うって、帰ろうと思い、まず職員室があると予想される一階へ向かった。

「……やっぱり、寒いんだ…」

さすがにあれは嘘だろうと思っていた、窓ガラスの噂。
そんな何度も割る程子供じゃないだろうし、いくら何でも窓ガラスが吹き抜けなんて。

そう思っていたけれど、見える所に窓ガラスの嵌まった窓は二つしかない。
後は全部枠だけの悲しい状態で、吹き込む木枯らしが頬を冷たく刺した。

「ユズ寒くないのかな…教室もこれだったら…うわぁ…」

俺だったら堪えられない。
そんな寒い中で勉強に集中出来る程屈強な精神は持ち合わせていない。
ユズ、すごい。

一人怪しくぶつくさと呟く不審者ぶりを発揮しながら、真っ直ぐな廊下を歩く。
暫くした所で職員室とかろうじて読めるプレートを掲げた部屋が見つかって、俺は漸く安堵の溜め息を吐いた。

建て付けの悪そう、と言うより何かのハプニングでうまく閉まらなくなった感じの扉を二度ノックして、スライドさせる。

「失礼します。あの…?」

扉を開いて、近くにいた先生に弁当箱を托そうと思っていた俺は出鼻を挫かれる事になった。

開けてすぐ足元に、体育座りをした大人が一人。
そしてその人に全く興味を示す事なく、デスクに座っている人が三人。

授業のない先生達だろうと予想はつくけれど、この体育座りの先生は…何をしているんだろう。

「…あの?」
「君はっ…!君は聞いてくれるのかい!?」
「は、え?」

とりあえず一番近いからと声をかけただけなのに、その先生は抱えた膝に埋めていた顔を勢いよく上げて俺の足に抱き着いた。

すりすりと太股辺りにほお擦りされた後のジーンズには、涙か鼻水かわからないが水気の跡が残っている。
眼鏡をしとどに濡らしたその先生は、何だか弱々しそうな顔を更に弱々しくさせて、俺を見上げた。

「話、聞いて…」

はい、と答える以外、俺に何が出来ただろう。
…あぁもう、このジーンズユズのなのに…鼻水じゃないといいけど…。

+++

「それは…災難でしたね…」
「そうだろうそうだろう!君だけだよそんな風に言ってくれるのは…!」

その先生は高山先生というらしい。
俺を自分のデスクの隣の席に座らせ、時折発狂しながら語った内容はこうだ。

担当しているクラスの中で、一クラスどうしても行きたくないクラスがあるらしい。それでも教師という職業なのだから投げ出す訳にも行かず、先程まで胃薬を飲んで頑張っていたのだが、そのクラスの中心人物が怖いのだと。
たかが高校生なのに、一年生なのに、あの不遜なる態度があそこまで似合う上に怖いのは間違っていると。

まぁつまりは、いびられて我慢出来ずに逃げ帰って来たものの他の先生にすら相手にされず、拗ねていたらしい。

興味なさ気にしていた三人の先生は、お前こそ災難だなという視線をこっそり俺に寄越した。
それを見る限りは、高山先生のこれは日常茶飯事なのだろう。

「、と…それで、君はどこの誰かな?誰に用があったんだい?」

やっと帰れる…、そう安堵し俺は嬉しくなって笑った。

「あ、はい。小宮山と言います。大河内柚綺君のお弁当を持って来たので渡していただ」
「っぎゃああああぁぁぁっ!!」
「…!?」