学校から帰って来るなり、「ガリガリ君が食いてぇ」と言いコンビニへと出掛けたユズを待つ事30分。

こんな冬場にアイスキャンディーが食べられるユズはすごいなぁと感心しているのも、約20分前にやめた。

「遅いなぁ…コンビニそんな遠かったっけ」

いやそんなはずはない、とまた独り言。
確か前ユズと出掛けた時教えてもらった最寄りのコンビニは、約5分も歩けばゆうに到着したはずだ。

すぐに帰って来ると思っていたし、ユズもそう言っていたからもうテーブルには夕飯を並べ終えてしまった。

今日のメニューは和食だ。
朝顔を洗って制服を着込む際、何を思ったか竜田揚げ竜田揚げと呟くユズのリクエスト。
それだけじゃ寂しいなと思ったから、豆腐サラダと豚汁と、炊き込みご飯、キンビラ牛蒡。
後者三種は材料の使いまわし。

でも、先程まで湯気をたてていた料理も今はきっとぬるくなってしまっているはず。

チラリと時計を見て溜め息を吐いた俺は、すぐ温め直せるよう料理にラップをかけた。

きっとコンビニで友達か何かと会ったんだろう。多分、よくある事。
そう理解しつつ、早く帰って来てほしいなぁと思う気持ちは収まらなかった。

「……?」

ピンポン、と聞こえたチャイムに首を傾げる。ユズだろうか?でも自分の家に入るのに、チャイムって鳴らすもの?

「あ…鍵忘れたのかな」

もしもユズが鍵を持って出掛けるのを忘れていたなら合点がいく。
ここのマンションは賢い事にオートロックだから、一度出てしまえば鍵がないと入れない。
ユズが一人なら大惨事だけれど、俺が中にいるし。もしそれで安心して、たまたま忘れてしまったなら。

「わー、何か嬉しいなぁ…」

気の緩みはあまりいい事ではないけれど、俺が家に居ると無意識に位置付けてくれているなら嬉しい。

俺はほのぼのと暖かい気持ちのまま玄関へ向かい、施錠された鍵を開けた。

「ユズー?鍵忘れたの………ん?」
「ん?」
「……」

きゅるり、と丸い目が合計四つ、扉を開いた俺を見る。
パチパチと瞬きをするだけで誰も言葉を発しない時間が、緩く流れた。

そこにはユズと同じ制服を着た男の子が二人。
片方は目に痛い程ドピンクな髪を上半分だけ結っていて、もう片方は真っ黒いアシンメトリー。
どちらも俺より背が高くて、それが余計に俺を固まらせた。

「……あ、……の……」

ユズのお友達ですか?と、何とか声を絞りだそうと腹を括ったその時。
ピンク君がくしゃー、っと笑った。
何だか和む笑顔だなー、と内心安堵の溜め息をついたその瞬間。

「うっわ何!?おーくん家に何かちょーかわいーのがいんだけどこれってどゆ事!?え、え、おーくんついに男の子連れ込んじゃったの!?てかやっぱあいつ面食いなんじゃん違うとか言っときながらさ!嘘つきは泥棒の始まりとか言うけどおーくんの場合嘘つきは悪魔の始まりだよねそうだよね、ね、君もそう思うでしょ!」
「っ………!」

キーン………と耳の中に児玉する不快な音。
ピンク君のあまりの大声に、俺の頭は拒絶反応を示したようだった。

それでも何か言わなきゃ、と頑張って顔を上げる。
思ったより近くにピンク君の顔が迫っていて一瞬息を飲んだが、それも何とか踏ん張って部屋に逃げ戻る事だけは回避出来た。

「あ、あ、あの…えと…ユズのお友達、ですか…?」
「「…ユズ?」」
「え?…え?」

驚いたように後ずさる二人。
意味がわからなくて首を傾げる俺。

ダメだ、どうしよう、どうしたらいいかわからない。
早くも逃げ戻りたくなった俺は、藁にも縋る思いでもう一度口を開いた。

「えぇと…ユズの、友達、ですか…?」

ゆっくりと、目を合わせた二人。
そのまま一度頷き合うと、ピンク君が俺に向かってまた頷いた。

どうやら彼らはユズの友達で合ってるみたいだ。
何に驚いているかはわからないけれど…居ないからと勝手に帰すのは忍びない。
友達だと言うなら、家で待っていてもらってもいいのだろうか?


肝心のユズが居ないのだから俺にはどうしようもないが、怒られたら後でちゃんと謝ろうと、俺にしては大胆な考えに至りそれを実行する事にした。

「あの…今ユズコンビニ行ってて居ないんです。あの…それで…中、で、待ちますか…?」

言ってからやはりまずかったか、などと沸き上がる不安をそのままに、ピンク君とアシメ君を交互に見上げる。
二人は一瞬戸惑った後、何度も頷いた。

「あ、はい、それじゃあどうぞ…?」

どうぞ、と俺が言ってもいいものか、また迷いながら中へと促す。
俺の不安を他所に上がり込んだ二人は慣れたように、アシメ君はリビングへ、ピンク君はトイレへと入って行った。

よかった。彼らはここが初めてではないみたいだ。

考えてみれば、初対面の俺を持って帰って来てしまったくらいなのだから、ユズの友達は何度も来た事があるだろう。

少し安心して、俺は飲み物を入れる為にキッチンへ向かった。

「あの…飲み物、何がいいですか…?」
「炭酸のお茶」
「………ビール、ですか」

アシメ君は既にカーペットの上で胡坐を掻いて寛いでいる。
俺は言われるがままにビールとコップを出して、ローテーブルに置いた。

ピンク君にはトイレから帰って来たら聞こう、と離れた位置に座る。あまり話し掛けるのも失礼かと思ったから、黙ったままで俯いた。

けど、テレビ、つけてから座ればよかった…。

アシメ君が痛いくらいに見つめてくるのを肌で感じながら、心の中で洪水のように涙を流して後悔した。