「ユズここは?」
「俺らの行きつけの喫茶店。マスターに会わせてやりたくて」
「え、迷惑じゃ…」
「だからその自信の無さの根拠って何なんだ…」

ぐぅ、と詰まった俺を慰めるように撫でて、ユズはオープンと書かれたシックな看板の揺れる扉を開いた。
外観は小さくて、流行りのオシャレカフェなんかよりも落ち着きのある喫茶店だ。
サラリーマンのスマートダンディーが、コーヒーを飲みに通うような。

女性の集まりそうな雰囲気ではなく、けれど細やかな所までが綺麗に掃除されていて、こうゆう場所は俺も好きだなと思った。

「ヒナー、何してんださっさと来い」
「っあ!うん!」

ボー、とお店を見ながら立ち尽くしていたみたいだ。
開かれた扉の中からユズの焦れた声が聞こえて、俺は慌てて三段しかない階段を登り扉を潜った。

ユズは、と見回すと、店内ど真ん中のカウンターに座っているのを見つける。
不機嫌そうに唇を尖らせて、無駄に長い足を放り出すその姿はもはや高校一年生には見えない。詐欺だ詐欺。

「遅ぇ。ここ」
「あ…ご、ごめんね」
「ん」

出入口へと向けていた体を回転椅子ごとカウンターへ回して、隣の椅子を指差す。
座り様にユズを下から覗き混んで謝ると、あっさりとその顔から不機嫌さんが退席していった。
そこまで怒っていた訳じゃないのか、元々怒りが持続しないタイプなのか。

まぁどちらにせよ、機嫌が治ったならそれに越した事はないか、と俺はこっそり笑った。

「これはこれは…えらい別嬪連れてんじゃねーかガキんちょ」
「うひゃぁっ!」
「ガキんちょ言うなクソジジイ。つーかヒナビビりすぎ」
「だだだだって!」

ホっとしたのもつかの間、カウンターの向こう側にいきなり生えた人間が居たら誰だって驚くよ!

冷静に考えたら、恐らくカウンターの下部に冷蔵庫とか棚があって何かを取り出していたんだろうとわかるが、如何せん音もなく声もなく。
目の前にダンディーおじ様の顔が出て来たせいで俺はかなり聞くに耐えないみっともない声を上げてしまった。

「ジジイ、こいつヒナ。ヒナ、これジジイ」
「ゆ、ユズ、その説明ははしょりすぎじゃないかな…」
「紹介する気があんのかねぇのかはっきりしやがれガキんちょ」

ユズ曰くジ……ジジ、イ、さん。恐らく、正しくはマスターさんと目が合う。
ジト目でユズを見ていたマスターさんは、こちらを見た途端目尻に皺を寄せて笑った。

顎髭と釣り上がった眉のせいでかなり怖く見えたけれど、こうして笑うと雰囲気が和らぐ。
人好きしそうなその笑顔は、俺の笑顔も知らず誘い出していた。

「ここの喫茶店のマスターやってんだ、本名年齢出身地は秘密。マスターって呼んでくれ」
「ヒナ、です。初めまして……秘密だらけ、ですね」
「危ない男はモテるらしいぜ?」
「胡散臭ぇ」
「ガキんちょにはまだ早ぇだろうよ」

自分がこの場において共通であるにも関わらず、俺とマスターとで話しているのがあまり気に入らなかったようだ。
ユズはまた不機嫌顔に戻り横槍を入れて、けれどマスターは飄々と交わして不敵に鼻で笑った。

「そんでてめぇら、何にする?」
「お勧め二つ。ヒナそれでいいか?」
「うん」

ちょっと待ってな、と言ってマスターはカウンターの端に移動する。
どうやらそちらにキッチンがあるらしい。暫くすると料理時特有の食欲を誘う音と匂いが漂ってきた。

「ユズはいつもここに?」
「ん?あぁ。マサとタロ…俺の友達な。そいつらがここら付近食べ歩きして見付けた隠れ家なんだってよ。ジジイもあんな性格だからな。割とよくしてくれんだよ」
「そうなんだ…何か、いいね」
「そうか?」
「うん」

俺は家に居る間のユズしか知らないから、普段のユズの事をほんの少し聞けただけで嬉しかった。
友達と来るお店に連れて来てもらえた事も、とても。
もしも叶うならば、あっちに帰る前に一度でいいからユズの友達に会ってみたいなぁと思っていた。

「ユズのお友達ってどんな人?」
「木偶の坊とパッパラパー」
「は…?」
「がはは!そら的を得た例えだ!ほらよヒナちゃん。ガキんちょもついでだ」
「ついでかよ」

なんじゃそらと目を点にする俺の前に、マスターが豪快に笑いながら皿を置く。ほかほかと湯気をたてる料理はパスタだった。
身の大きな貝がたくさん入っていて、他にも海老やらイカなど、魚介類に彩られている。

動き回って空っぽだった胃が控え目にキュルキュルと鳴いて、恥ずかしく思いながらもフォークを手に取った。

「いただきます」
「いただきまーす」
「おう、食え食え」

ユズと二人手を合わせて、美味しそうなパスタを黙々と口に運ぶ。見た目から美味しいんだろうなとは思っていたけど予想以上に好みな味付けで、俺は夢中になって平らげた。