「…あれ?」

冷蔵庫を開けて牛乳を取り出そうとしていた俺は、それがない事に気が付いて一先ず扉を閉めた。

おかしいな。昨日の夜にはあったんだけど。

今朝は休日で、ユズは少し遅めの朝食にフレンチトーストをご所望のようだった。簡単だしすぐ出来るし有り難いなと思っていたのに、困った。

牛乳無しでフレンチトーストを作る方法は知らない。てか、ない。

「どした?」
「うーん、牛乳なくなってて」
「あ。俺昨日飲んだ。悪ぃ」
「いや、いいんだけど…牛乳ないとフレンチトースト出来ないなって思って。…ちょっと買いに行ってくるよ、待っててくれる?」

どうせなら足りない物も買い足そう。
そう思ってユズに渡された財布を取りに行こうとした俺の肩を、ふいにユズが掴んで引き止めた。

「ん?」
「ヒナこの辺の土地勘あんのか?」
「………………あ」
「だよな」

ユズに言われて初めて気付くなんて、自分のアホっぷりに少し落ち込む。

ユズの学校の近くにあるマンションだとは聞いたが、そもそもユズの学校付近なんて来た事がない。ここから二駅電車に揺られれば、約二年弱を過ごした慣れ親しんだ土地が広がっているのだけれど。

「えー…っと、じゃあ地図か何か書いてくれる?近くのスーパーとか」

自分は方向音痴ではないし、ある程度臨機応変に対応出来ると思う。簡単な地図でも迷う事はないだろう。

そう思って言ったのだけれど、ユズはうーんと眉を潜めて、それから思い付いたように手を叩いた。

「一緒に行けばいんじゃね?」
「え?一緒に、って…」
「んだよ、嫌なのか?」
「そうじゃないけど…」

むぅと少し不機嫌そうに俺を見下ろすユズに慌てる。
俺はごにょごにょと口ごもって、言うべきかごまかすべきか迷っていた。

友達と出掛けるのは小学生以来だから、緊張するなんて。

「俺に言えねぇ理由?」
「いや、あの、なんて言うか」
「言、え」
「と、友達と出掛けるのが久しぶりすぎて恥ずかしいです!」
「ふぅん」

ふぅん、って!
あまりにも軽すぎるユズの返事に、悩んでいた自分を馬鹿馬鹿しく感じる。言わせておいて反応の薄い態度にも少しの腹立たしさ。
けれど、ガックリと肩を落として見たユズはとても機嫌が良さそうで、何だかよくわからないけれどまぁいいかと溜め息を吐いた。

「じゃあそのまま遊び行くか」
「へ?」
「んだよ、久しぶりなんだろ?じゃあ俺がこの辺連れ回してやるよ」
「で、でも朝ご飯…」
「んなのどっかで食えばいいじゃん。あぁ、金の心配してんの?そこは心配いらねぇよ」

いやそうじゃなくてあぁでもそれも心配だしってゆうかそれを一先ず置いたとしてもだから心の準備が!

何と説き伏せようかと悩んでいる俺を余所にユズは鼻歌を歌いながら着替えはじめてしまって、俺は早々と諦める道を足を向けた。

どうこう考えても意味がない。
ここ数日で、ユズが頑固な人だという事は学んだのだ。

彼が行く、と言ったら、行くのだ。

別にそれ自体が嫌な訳では決してないし、言うなればただ初めての事が不安で駄々をこねているだけで。

「ヒナー、服」
「え、あぁ…ありがと、ごめんね」
「謝る暇があったら早く着る!あ、これも似合いそうだな…やっぱこっちか?」
「や…どれでもいいよ…」

マイペースだ。ユズは。
色も形も何を着ても似合いそうなユズと違って、俺なんかに着せても意味のなさそうな服を何枚も取り出してユズは頭を悩ませている。
横に突っ立って大人しくそれを眺めていると、漸く決まったのか黒のスキニーと白いタートル、それからベルトとジャケットを俺に渡してユズは満足そうに腕を組んだ。

「やっぱヒナには落ち着いた服が一番似合うと思う」
「はは…それはどうも…」