やがてブオンと再び唸って、ドライアーが止まる。
ユズは風で乱れた俺の髪を撫でて、終わりとばかりに一度頭を叩いた。

「昨日から思ってたんだよな。ヒナ髪の毛きれーなのに、何もしねぇから」
「男だもん」
「あ、もんって言った」
「……男だもん。あり、がとね、ユズ」
「今のサービスは感謝のつもり?可愛いー」
「う、っうるさいやい!」

かぁ、と顔が赤くなるのが自分でもわかった。
ツンツンと俺の頬をついて遊ぶユズを一度睨んで、俺はのそりとまたソファに腰掛けた。
一回くらい言っても減らないかなぁって思って語尾にもん付けたのに。
減った!絶対今俺のMP減ったからね!

もう絶対言わないぞと決意していると、ユズが手を伸ばして俺の毛先を弄りだした。

「染めた事ねぇだろ」
「うん、ないなぁ…ユズは綺麗に染まってるね」
「ブリーチだから傷んじまってんだろ?」
「そうかなぁ…」

同じようにユズの髪を指で掬って、顔を近付けて先を見る。
枝毛とかあるかなぁと少しの期待を持っていたけれど、見る限り二つに別れた毛先は見当たらなかった。

スルスルと指を掠める長めの襟足は、ユズが言う程傷んでなくて触り心地いい。

「綺麗。光に透けたら白くなるね。ちょっと柔らかいのかなー…うん、気持ちいいよ。……ユズ?」

俺一人がペラペラと喋っている事に気付いてユズの衿元から顔を上げると、じっと俺を見ていたユズと目が合った。

「…なに?」
「や……それわざとやってんの?鎖骨とか…って、んな訳ねぇか。ヒナ馬鹿っぽいし」
「なっ…!失礼な!これでも学年12位なんだぞ!」
「いや、そうでなくー…」

ユズはがっくりと肩を落として力無く笑い、どうどうと俺の前で手を振った。

「ユズ信じてないな!」
「信じる信じる、信じるから落ち着けな。さ、ほら寝るぞ」
「え、ちょっと!」

ユズはごねる俺の肩を押してベッドへと誘導し、トンとそこへ突き飛ばした。
奥行けー、と手を払われて渋々壁際へと移動する。
次いでベッドに乗り上げたユズを見ないように青いシーツを睨みつけて、さっきまで何とか収まっていた緊張がぶりかえすのを感じた。

昨晩、ソファ貸してねと言った俺にユズは言ったのだ。
真面目な顔で。むしろお前何言ってんの?みたいな顔で。

『一緒に寝るだろ?』

と。

勿論断った。
いくら高校生の所持しているベッドとは思えないサイズの広いベッドでも、俺にはそんな高いハードルは越えられない。無理無理。
まともに友達の居なかった俺が、お泊り会なんてものをした経験があるはずもなく。
野外活動も自然学校も、修学旅行も行かなかった俺なのに。

緊張して眠れない事請け合い。

必死でそう主張した俺に、ユズは悪魔の笑みを見せてまた言ったのだ。

『一緒に寝ないなら……わかるよな、ヒナ』

あぁわかってるよ。
勿論千切れそうな位首を振ったさ!縦にな!!

俺で慣れときゃいいじゃんとまで言い出したユズに勝てるはずもなく、昨日はそのまま隣で寝た訳で。

…心配していた寝不足も、なかった訳ですけど。

「電気消すぞ」
「う、うん」

ベッドヘッドに置かれた照明用のリモコンを弄り、室内には真っ暗闇が降りた。
普段ならば豆電球も間接照明も鬱陶しく感じる俺だけれど、さすがに今はそのぼんやりとした明かりが恋しい。

闇に慣れぬ目が何も映さぬまま、もぞもぞと布団の中に潜り込む。
無意識に壁際へ寄ってしまうのは致し方なかった。

隣でも衣擦れの音がして、ユズが横になったのがわかる。
俺は仰向けになったまま、呼吸に気を使うような空間の中でただ目をつむった。

「ヒナ」
「え?…何?」
「んな端っこいかなくていい。壁冷てぇだろうが…こっち」
「わ、ユズ!?いい!いいから!わー!」
「あーもう、うっせ」

ズルズルと引っ張られる先にユズがいる事を理解している俺は暴れた。
くっついて寝るなんてとてもじゃないけど、無理だ。
だってだって、とりあえずどうしたらいいかわからない。

けどユズは怠そうに舌打ちした後、とんでもない事に力任せに俺を抱き込んだ。

くっつくどころか、ピタリと密着。
思わず思考停止、動きもフリーズして固まった俺の頭の上で満足そうに笑ったユズは、子供体温、と呟いて足先まで絡めて来た。

洗剤とかボディーソープとか、僅かなシャンプーの香りが目の前の体から漂ってくる。
ほんのりと暖かい体温が、頭も背中も足までもを覆って。

シャツ越しでもわかるユズの体はきっと引き締まっているだろうに、案外固くないんだと現実から逃避すべく俺は目をつむった。

「…ヒナおやすみ」
「う、ん…おやすみ、ユズ」

トン、トン、トン。

昨日みたいに優しく叩かれる背中のリズムと感じた事のない温もりのせいで、俺はいとも簡単に、緊張を捨てて睡魔に身を任せたのだった。