和食と洋食と中華、どれが好き?

そう聞くとユズは即答で洋食、と答えた。

勿論ラーメンとか豚カツも好きだけれど、ファミレスで結局頼んでしまうのはハンバーグらしい。
オムライス、グラタン、パスタ。

そんなお子様メニューの定番が好き。
あぁでも辛いのも好き。

「ただいまー」
「あ、お、お帰りなさい!」

バターで炒めた玉葱に、エビや鶏肉、その他野菜。
それから小麦粉を入れて牛乳にコンソメブラックペッパー。
後は弱火でトロミが出たらマカロニを、というところで玄関がガチャリと開き、この部屋の主が帰宅した事を俺に知らせた。

俺は弱火のそれを切って玄関に走り、慣れない台詞をもう一度繰り返す。

「ユズ、おかえり…」
「ん、たでーま」

思わず出してしまった俺の手に、何も入ってなさそうな学生鞄を渡したユズは笑った。

部屋に住まわせてもらう事になりました。日向です。
そう決まってすぐに中々整理出来ない頭を放って俺が作った夕飯を食べたユズは、相当手料理が久しぶりだったのかいたくそれを褒めてくれた。
そして聞かされた食の好み。

話ながらも休む事なくおかずを口に運ぶユズを唖然と見守りながら、俺は何度も洋食洋食と頭の中で繰り返した。

おかえりと言うのも、ただいまと言われるのも。
美味しい、と褒めてもらうのも、いつぶりなんだろう。

「何か新婚みてぇじゃね?」
「う、え、はぁ?」

慌てる俺を余所にユズはクケケと笑いながら部屋へと入って行く。
からかわれたと不満は募るものの、本気で腹が立つ訳でもないので俺はすぐさまその後を追った。


ユズはどこよりも先にキッチンへと向かったらしく、俺が勉強机の上に鞄を置きに行く途中にキッチンからはしゃぎ声が聞こえる。

「ヒナー、これは何作ってんだー?」
「えと…マカロニグラタン」
「マジか!」
「もうすぐ出来るよ、ちょっと待ってて」

急いでキッチンに戻ると、ユズは鍋の中を覗きながらへー、とかほー、とか溜め息を漏らしていた。
グラタン好きだって言ってたから、少しでも喜んでほしくてそうしたんだけど。

実際こうやって嬉しそうな顔を見せられると、何だろう…堪らない。

「ユズ、手洗いうがいしなきゃ。風邪引いちゃうよ」
「ん、わかった」

まだたった一日しか経っていない。
けれど言う通り洗面所へ向かう背中を見て思った事は、ユズがかなり素直な人間だという事。

あんまりいい場面でのユズを見た事がなかったってゆうか、むしろ今からこいつ殴ります!みたいな顔で誰かを引きずる所しか見た事がないから、俺の記憶の中のユズとは中々一致しない。

それでも、こうやって関わってユズの人となりを知ってしまったから、これから先ユズの事を怖いと思う事などないのだろうと思った。

「ヒナー」
「何?ちょっと待って」
「や、そうでなく。…似合ってんな、それ」

ひたすらに鍋の中身を掻き回す俺を、洗面所から戻ったユズはカウンターから乗り出して指差した。
人に指差しちゃいけませんって習わなかったのかな。

「…これ?」
「そ。俺の服」
「馬鹿にしてる…?」
「褒めてんじゃん」

にー、っと歯を見せて笑うユズが指すように、俺が今着ているのはユズの私服だった。
着の身着のままでこちらに来たのはいいけど、目的の時間が二週間も先だって事になって、勿論俺は着替えなんてもの持ってきちゃいなかった。財布だって鞄の中なのに。

あまり外に出る用事はないけど、制服だって今この時間じゃ着てたらおかしいし。
そう言ってユズは自分の私服の、少し前に着ていた小さめのを俺に渡してくれたんだけど…。

「…ユズって、いい体してるんだね」
「ヒナ言い方やらしい」
「な、ちがっ…!」
「ごめんて。んっとに可愛いな」
「またそんな事言う!」
「もっと怒って」

ダメだ、ユズには何言っても流されてしまう。
学習能力のない俺はやっと思い出して口をつぐんだ。それに気付いたのかユズは唇を尖らせて不満を訴える。

ぶーぶーと垂れ流される文句を聞き流しながら、俺は改めて自分の格好を見た。

肩幅余るし。
裾長いし。
袖も長いし。

彼女に自分の服を着せてそのブカブカさ加減を可愛いと感じる男心を俺も持っているけれど、仕方ないとはいえ自分がその着せられている側だと思えば深く溜め息が出てしまう。

情けないだけだよ、こんなに体格差を見せつけられちゃ。