「ご、」
「ありえねぇ俺こんな可愛い生き物初めて見たわ」
「は?」

ごめんなさい今のは冗談です気にしないで下さい、と続く台詞は、初っ端一文字しか発する事なく飲み込んだ。
顔を上げると物凄く真面目な顔で俺を見るユズ。

俺は何だかとても面倒臭くなって、考える事を放棄した。

「ホンット、マジで。女っぽい訳じゃねぇけど男臭くないっつーか…あぁ、中性的ってやつ?ってヒナは自分の顔わかってねぇのか」
「はぁ…はい?」
「語尾にもん、って付けたのに殴りたくならない人間初めてだし」
「え…いつもは殴ってたんですか」
「今更敬語いらね。しかもさ、怒る時顔赤いし必死だし。なぁもっ回怒ってよ。もしくは語尾にもん、って付けて」
「無理です嫌です絶対に」
「うっわーもろ嫌そうな顔すんなぁ」

あはははは、と笑うユズに釣られる事もなく、俺は引き攣りながら笑う彼を見ていた。

こうしてじっと観察していればわかる。ユズが俺に危害を加えない事が。
ユズからはただ楽しげな雰囲気しか漂ってこなくて、もしかしたら噂で聞く程気性の荒い人物ではないんじゃないかと、小さな確信が生まれようとしていた。

ビクビクする必要はないんじゃないか。
こんなにも、楽しいのに。

そうだ、俺今物凄く楽しいんだ。
もしかしたらこの先5年分の会話を詰め込んでるんじゃないかってくらいに、たくさん話して。
こんなに近くて触れて、名前を呼んで。

それが嬉しくて堪らないから、ユズを怖いと思わないんだ。怖いと思いたくない、ってのもあると思う。

そんな単純すぎる思考回路に少し呆れるも、目の前のユズはそれさえすぐに忘れさせてくれそうだった。

ひとしきり笑い終えたのか、ほんの少し目尻に浮かんだ涙を拭ったユズは、上がった頬の筋肉が戻らないまま俺を見た。

「あー笑った。ありがとな」
「それはよかったね」
「で。ヒナはこっちの時間で何する予定なん」
「涼子さん…って幽霊の後悔を改める。……あ!ユズ!」
「おう、なんだ」
「今日は何月何日何曜日!?」

随分と話が逸れていた事を思い出した。ついでに言うと悪魔呼びの由来もどさくさに紛れて流れたけど。

俺が居る時間が、涼子さんの残した後悔まで後どれ位かを知らなきゃいけない。
恐らくは今日で合ってるはず。

ユズはポケットから携帯を取り出し開いた後、ずいと俺の目の前に差し出した。

俺の時間では既に古い、と言われるテレビの見れる機種だ。確かこの指紋認証システムがかっこいいって、クラスの人が自慢していた。

その画面には初期設定なままの、紅葉のスクリーンセーバーが流れて、下の方に時計が、あっ……れ?

「……う、……そ……」
「どした?」
「二週間、も…早い……」

俺が涼子さんに触れた時に見えた、涼子さんの家の日めくりカレンダー。
つまりはその日が残した後悔の日で、俺はその日の為にこの時間にいる。
なのに、その、日が、二週間後!?

「早いって…二週間も早い時間に来ちまったのかよ」
「そ、そうみたい…どうしよう!財布鞄の中だし鞄あっちの時間に置いたまんまだし携帯は…あっても役に立つ訳ないし!」

と、言う事はだ。もしかしてこの歳このご時世この国で俺は野宿を経験するのか!?
でも終わるまで帰れないし………あぁ、どうしよう!
この場合ライフカードなら何が候補に上がる訳!?

そうわたわたと慌てる俺は頭を抱えて、思わずユズの胸元にもたれた。
何もいい案が浮かばない。どうして財布だけでもポケットに入れる習慣がないんだ。
家賃払う日が近いから、ビジネスホテルに泊まれる位なら入ってたのに!後々困るけども!

「なぁヒナ」
「なにぃ…」

憔悴。そんな言葉がビッタリな表情で見上げた俺に、ユズはキョトンと口を開いた。

「料理得意?」
「それが何…」
「毎日作ってくれんなら、ここに居ればいいんじゃね?」
「ぅへっ!?」
「俺料理の神様に超嫌われてんの。ゆで卵すら作れない。だから毎日店屋物かコンビニか外食なんだよな」

それはなんとも体によろしくない生活だこと。
呆れる俺に、ユズは満面の笑みを浮かべて宣った。

「朝飯と弁当と晩飯、それから家事。やってくれんならここに居ればいい。てか居ろ、んで俺の面倒見て」

悲しいかな、俺は男子高校生であると同時にしがない一人暮らしな訳で。部活もしてないから、バイト以外じゃ暇人そのもので。

暇を持て余した上に共に外出する友人の居ない俺が興味を持った事と言えば、料理と掃除だったりして。

でも、そんな都合のいい話しがあっていいのか?

「ほ…本当に…?」
「よし決まり!なぁ、本来ならヒナは俺の年上?年下?俺は今高一」
「え、えと、俺高二、ユズ高三…」
「一個下…じゃあ二年後から来てんのか。今は年上だけどな。…じゃ、ヒナ。これからよろしく頼むぜ」

俺の背中で組まれたままだった腕に力が入り、ぎゅうと抱きしめられた。
俺の鼻先が埋まるユズの首元からは大人っぽいフレグランスが香るけれど、足をバタつかせるその姿はまるで子供。

頭の追いつかないままに進んだ話しを必死で繋ぎながら、俺は小さな不安と、沸き上がる喜びと嬉しさを隠すようにぶっきらぼうなよろしくを呟いた