長めだった髪はさっぱりと切り揃えられていて、紺色の制服姿しか記憶にないせいか、白のタキシード姿に目が眩んだ。
背丈もまた、伸びているように思える。

無意識のまま室内に入った俺は、背後で扉が閉まる音で漸く我に返った。

「…来てくれると思わなかった」

来たかった訳、ないでしょう。
そう言ってやりたいのに、何一つ喉を震わす事はなくて。
ただ頭を深く下げた。

「おめでとうございます」

視界から先輩がなくなって初めて息をしたような感覚。
目頭が急に熱く痛んで、自分が心底末期だった事を思い出した。

「顔上げてよー。久しぶりだね」
「そう、ですね」

コツコツと先輩の革靴の立てる音が近付いて来る。
上げろと言われて上げられるような顔をしていないとわかっていたから、俯いたまま床の高そうな絨毯を見ていた。

「俺はどうしてここに?」
「ん?話がしたくて」

事もなげにそう言った先輩の靴が視界に映る。
優しく髪を引っ張る痛みに、もう限界かと顔を上げた。

ああ、もう、だめだ。
あなたへ咲いた花がまた一つ、大きく成長してしまった。

逆光を浴びて微笑む先輩はやっぱり俺の好きな先輩で、一瞬にして当時へ遡ってしまう。
後悔した。激しく。
来てはいけなかったのだ。わかっていたはずなのに。

「お、おれ、も」
「ん?」
「…先輩に、話がありました」
「うん。何?」

でも、終わらせると決めたじゃないか。
どの道俺の気持ちがどうあったって、彼は手の届かない人になるのだ。ならばいっそ、惨めな自分を消してしまった方が、ずっと楽。
じっと俺の言葉を待つ先輩を見上げて、俺は笑った。

「あなたのことがいまでも、すきです」

先輩はいつもみたいに驚く事もなく、ただ頷いた。

「言えなかった事を後悔したから、言いに来ました。だいすきです。愛してます。あなたと過ごした一年間が今でも、宝物です」

言える事は全部言ってしまいたい。流せる涙は全部、この人の為に使ってしまいたい。

「こんな事言われても迷惑でしかないと、わかって言ってます。でも、俺にはこうするしか方法がなかったから。…どうか、決別させてください」

ゆっくりと頭をもう一度下げる。
重力に従って零れた涙が、高そうな絨毯に染み込んだ。

涙が赤くなくてよかった。
透明なら、何も残さずに渇いて水蒸気となれる。
そこに落ちた事を、誰にも気付かれずに。