ただ朝起きて学校に行って、友達とはしゃいだり勉強たり、部活なりバイトなりに精出して、それなりに彼女だって出来たりする、平凡で退屈な日々が当たり前に俺にもあるんだろうなと思っていた。

毎日ツマラナイとぼやく事がささやかな幸せであるとぼんやりと理解はしていたし、ドラマのような波瀾万丈な人生は憧れるけど、それだけだ。
そこそこ、ありふれた幸福に満ちていたと思う。

その退屈さをどこか他人事のように見つめながら、俺はこんな人生でいいやって思ってた。

そんな怠惰とも言える生活が二年目を迎え、中学生のような幼さを少しずつ脱ぎ捨てた俺は、高校二年生になって。

今日もいい天気だなぁって、何をするでもなく校舎を徘徊している時に、出会ったんだ。
いや、出会ったんじゃない。

俺は彼を、先輩を、見つけた。

「何してるんですか?」
「ん?」

普通ならば何も見ない振りをして通り過ぎるのだろう。俺だってそうして、また何もない今日の終わりを迎えるはずだった。

けれどさすがに見過ごせない。
と言うよりも、訳もなくその人の人生に参加したいと、心のどこかが勝手に声帯を震わせただけだったのかもしれない。

こんなに黒々とした髪の毛はそう見れないんじゃないかってくらいツヤツヤした黒髪の、前髪をちょんまげみたいに赤いイチゴピンで止めて、学校指定なはずの制服をどこぞのアニメで見たような軍服みたいにしてしまっている、人。
下級生には見えないし、同級生にこんな人はいない。だからすぐ、先輩だと気付いて敬語で話し掛けていた。

不思議そうに振り返った先輩は、手に持っていたハケをすっと差し出して来る。
その先端は赤く、シンナー臭さが濃くなった。

「キミもやる?」

ああそうだ、ここでも俺は選択肢を与えられたのだと思う。
首を横に振って通り過ぎれば、その一瞬の参加は意味のないものになる。言うなれば、ゲームの主人公が訪れた村の、噴水の前なんかに座っている村人のようなものだ。
特にヒント的な助言をするでもなく、何かアイテムをあげるでもなく、ただ、今日はいい天気だね旅人さん、と意味も脈略もない言葉を発するだけの。


点々と廊下に滴る赤い雫は、床ではなく壁の方を飾っている。
茶色とも白とも言えない微妙な壁に描かれる、赤いハート。

「一緒に書く?」

もう一度、先輩が俺に問うた。
根気強く差し出し続けたハケから、赤が新たな模様を不必要に床に落とした。

そして確かに、俺は言った。
首を振った。

「うん」

あろう事か、縦に。