開いた封筒を受けとる。
中身が気になるのか、妹も隣から覗き込んで来ていた。

「えーっと…誰だろうな…………っ…あ、」
「この人だぁれ?私知らない名前だ」

家に遊びに来る奴らは、俺に引っ付く妹を皆して可愛がってくれていた。だから殆どの友人を妹も知っているのだが、書かれた名前に見覚えがないのか首を傾げている。

知らなくて当然だ。
差出人は友人では、なかったから。

「、写真の人だよ」
「え?あの?」
「そう。…結婚、するんだ」

白い便箋、ウエディング仕様の可愛らしい枠の真ん中に、名前が二つ。彼とお嫁さんのものだろう。そして少しスペースをあけて、日取りと住所が書かれている。

その機械の生み出した文字をそっと指でなぞる。僅かな凸凹も感じられないくせに、もしかしたら彼の存在を感じられるかもしれないと、何故か躍起になっていた。

「ねぇお兄ちゃん、聞いてもいい?」
「なに?」
「ずっと飾ってるよね、あの写真。その人…お兄ちゃんのナンだったの?」

ギシリとベッドのスプリングを軋ませて妹が座る。
顔を上げると、その目は真っ直ぐ机の上で何年も陣取る写真立てに注がれていた。

俺と彼。
四角い世界で目一杯くっついて映る姿は、友達とは少し、違うように見える。
今よりももっと幼い笑顔を見せる自分が、ちょっと羨ましい。

「こいびとだった」
「お兄ちゃんゲイだったの?」
「ううん、女の子好きだけど。…あの人は、なんでか特別だった」

過去とは言え衝撃の事実だろうに、たいして狼狽える事も嫌悪をあらわにする事もなく、妹はふぅんと相槌を打った。
素麺並のあっさり感に拍子抜けしたと言えばそうだが、やはり、嬉しい。

「キショイとか言うかと思った」
「うーん、なんかね、お兄ちゃんの顔見てたら気持ち悪いって思えなかった」
「どんな顔?」
「私の見た事ない顔」
「わっかんないな」
「私もよくわからない」

それきり無言になってしまって、俺は何となく写真を眺めていた。
招待状が来ても、俺が彼を見る気持ちは未だ変化してくれない。
元より自分あまり感情が表に出ないと自覚はあったし、確かにそれは便利だ。

どれだけ心の中が激情でごった返していても、平静を装う事なんて簡単で。
もしかしたら今、泣きたいのかもしれないが、妹が隣に居てくれるから涙腺はひくつく事もない。
その内表に出さないまま心に閉まっていれば、いつの日か自分でも気付かない内にこの想いは消滅すると、数年ごしの祈りをまた内心呟いた。

それなら写真を仕舞えと、矛盾していると、誰かが言うけれど。

「お兄ちゃん」
「ん?」
「この人との話し、聞かせてよ」
「もうすぐ夕飯だろ」
「まだだよ。なんかお母さん、凝ったものが作りたいって、張り切っちゃってるから」

またかと笑った。
手抜きと豪勢の境界線がはっきりしすぎている母親は、今日は豪勢の日に当たったようだ。

薄く笑みを浮かべる妹は、聞くまで退室しないだろう。
そう言えば、誰にも話した事がないかもしれない。ずっと心の中で、思い返して胸を痛めるしか役に立たない想い出だ。

話して整理して、そしたら何かが変わるかもしれない。

「いいよ。じゃあ、俺の想い出話しをしようか」

今尚大切な、先輩との春夏秋冬を。