あんたは一体、何がしたいの。
あんたは一体、俺をどうしたいの。
最後の最後で、何故あの人を俺に巡り合わせたんだよ。
悪趣味だっつーの。
神様。
【愛、あげる】
光、と俺を呼ぶ声は、思えば最初から優しかった。
考えずとも実感する、愛されている事実。言葉よりも触れたいと願う意味不明な衝動。
何でもない事が楽しい。
現実はこんなにも優しいものだったっけ?
見慣れたはずの景色はこんなに輝いていた?
はっとする程カラフルな世界は、それだけ俺が幸せだと感じている事をありありと伝えてくれる。
鬱陶しい位俺に愛を求めているあんたが、ピアノの傍より何より落ち着いて。あぁここは俺の場所なんだと気付く。
もう少しの間だけは、俺の場所。
昼食後の薬を飲み込んだ。
ドナーに心臓をもらって手術しないと治らない。知ってる。
でも、日本にはドナーが他国と比べかなり少ないのも理解していた。
外国へ行けば、と両親も必死に探してくれてはいるけど、俺の中ではとうの昔に諦めがついていた。
だって心臓だぜ?そう簡単にドナーなんか現れない。
もし居たとしても、適合するかどうか。それ以前に、ドナーを心待ちにする患者は腐る程居る。
きっと俺は見つからないまま、もしくは順番を待てずに、限界を迎えた心臓に文句言いながら死ぬんだろうなって思ってる。
怖いだとか、死にたくないだとか考えて塞ぎ込む時期はとっくに過ぎた。どうにもならない事を嘆いても恨み言を吐いても、どうにもならない事に変わりはない。
つまりはそう、ただ受け入れた振りして諦めただけ。
いつものピアノの前に座って、体を預ける。
少し前までの心地良かった冷たさは酷く無機質に感じれて、心の中だけで早く来いよ馬鹿、と呟いた。
先輩、少しでも長くあんたと居たいんだ。
冷たいピアノじゃ風邪ひいちまうだろ?早くあんたが俺の椅子になってくんないとさ、俺。
いつ止まるかわかんねーのに、このボンコツな心臓はさ。
本当はあんまり刺激しちゃいけねーのにさ、あんたと居るとすげぇ勢いで動くんだよコイツ。馬鹿だよな、自分で自分の首締めてやんの。
でも、それでもいいよ。
「光」
「…遅い」
だってそれもこれも全部、あんたが好きだって証拠だから。
好きすぎて死ねるんだったら、俺はこの世の誰より幸せ者だろ?
こんな事言ったらあんたはきっと、怒ったように眉を寄せて馬鹿な事を言うんだろうけどさ。
「今日はどこへ行く?」
「今日はいい」
「光?」
そっと優しく後ろから抱きしめられて、抵抗なくその体にもたれかかった。目をつむったままでいると髪を梳く指先を感じる。
あぁ、心臓がいい音立ててる。
自分の胸に手を当てて、深く深呼吸した。
もう少しの時間しかないんだ。
俺の体だから、ちゃんとわかる。
もう限界来てんだなって、伝わってくる。
飲む薬が増えたとか、軽い坂を登っただけで心臓が痛くなったとか。
医者に言われてる限界の年齢を、もうとっくに越えている事とか。