神様?

ソレは何だ、食えるのか?

【時間、あげる】


疎まれて生きて来た俺にとって、世間から脚光を浴びるコイツはまさに天敵。
甘やかされて育ったんだろうな。愛されて育ったんだろうな。

苦労なんて何も知らずに、恵まれた世界でぬくぬくと生きて来たんだ。
そうに決まってる。

だから、お得意のピアノを弾き出したら詰ってやろうと決めていた。

下手くそなんだよ坊ちゃん、帰ってママのおっぱいでも吸って寝んねしな、ってな。

なのに、だけど。だから、か?


「来いよ、お前の知らない世界を見せてやる」
「は?ちょ…引っ張んな!か、カバン…っ!」
「貴重品位持ってるだろ、そんなもん明日でも問題ない」

水上の腕を引っ張って教室を出た。握り込んだ腕は想像通りヒョロっこい。
苦しくないように、でも強引に誰も居ない廊下を歩く。

胸が高揚する。高鳴る。いい音。
こんなに楽しい気分になったのは初めてだと思えた。

どうせ誰にも求められない俺の心臓なんだ、最後はお前にくれてやる。だから、それまでお前の生気に満ちた瞳を一番近くで見させろ。
そしたら俺は、生まれてきた意味がわかるような気がするんだ。


「なぁ、どこ行くんだよ」
「先に言ったら面白くないだろ」
「面白さより安全を求める」
「安全は保証してやる」

そう言えば、こんなに長く人と会話したのも久しぶりだ。
一人暮らしだから家で会話なんてしないし、学校で話しかけてくる奴は居ない。

俺に笑ってくれた奴もこいつだけだった。

裏門に近づくにつれて水上の表情が何とも言えないものになっていく。大体想像ついたんだろう。だって裏門にはバイク置き場しかない。…職員専用だけれど。

「アンタ校則って言葉知ってる?」
「知ってるに決まってるだろ、知ってるだけだがな」
「そっスよねー…」

背後で校舎からチャイムの鐘が鳴った。
背中で聞く現実的な音が、まるで今からファンタジーの世界へ飛び込むような気分にさせた。
今までの日常からは考えられない、思いも寄らない非現実。

馬鹿馬鹿しい、けどそれも悪くない。

スカスカのバイク置き場に停めた自分の愛車の横に水上を立たせて、かけてあったヘルメットをボスリと被らせた。水上はもうどうにでもなれ状態で俺の行動を見ている。
ポケットから出した鍵をねじ込み、跨る。水上を後ろに座るよう促して、キーをまわした。

大きな音に驚いて掴まれた服に、忍び笑いを零した事は秘密だ。


「アンタ被んなくていいの?」
「いい。俺様は安全運転だからな」
「あ、そ」
「掴まってろよ、振り落とされるから」
「安全運転じゃねーのかよ…」

俺の腹にまわった細っこい腕を確認して走り出す。
腕をまわすという行為は安全の為で、至極当たり前の行動だ。
なのに、今後ろに居るコイツは俺に身を任せて縋っているようで。
人に何かを求められた記憶のない俺には奇跡のように思えた。

たったそれだけの事に感動する。馬鹿の一つ覚えのように、守ってやらなければと変な使命感が頭の中を渦巻いた。

+++

バイクの上では殆ど会話が聞こえない。
ノーヘルの晒された耳元を過ぎる風の音、改造されたバイクのけたたましいエンジン音。
誰にも聞かれないなら叫びたかった。腹にまわった腕を握って、見下す太陽に向かって。

抱えきれない幸福。
伝わる体温。近い存在。

絶妙な位置に突如出現した不可思議な感情。

この時の俺はまだ、何もわかっていなかった。でも今ならわかる。でも光。間違えるな。
俺様の辞書に"後悔"の二文字は存在しない。

一人で逝かせたりなんか、させないさ。
お前はいつでも俺の傍に居ろ。

約束しただろう?

だからちゃんと、俺の心臓をもっていけ。