ケイイロ8



恋人の名前が並ぶ着信履歴を見てほくそ笑む、そんな俺を見てリクが怯える、縮こまったリクを見て先生がからかう。
何の面白みもない、ただリクにとっては気の毒なループを何周かしたところで、俺とリクを乗せた車は目的地へ到着した。

「あの一軒家みたいだねぇ。二人とも見えるかい?」

先生が運転席から体を捻って、後部座席に座る俺とリクを振り返る。
この人は俺の勤め先の社長、責任者である野茂さんだ。俺は先生と呼んでいる。
かねてから父さんの友人だった先生が人手不足で頭を抱えていた時、お馬鹿でお人よしな父さんが勝手に俺を勧めた縁でお世話になっていた。
事務所としてビルの一室を根城とするうちの会社は、実質先生と俺の二人しか社員が居ない。
だから先生はほぼ事務所で寝泊まりしていて、きちんとすればそれなりに紳士らしいが今はヨレたワイシャツと無精髭が煙草の臭いと相まって、汚……ただの疲労したおっさんに見える。残念極まりないというか、勿体ない。

俺達が頷くと、先生は目の下の隈を撫でながら助手席に置いてあった裸の書類を捲った。
うんうん、と頷いている姿は穏やかな言葉遣いと合わさって大変人畜無害だが、多忙時や空腹時、人格が変わったように狂暴になるので注意が必要だ。身を持ってそれを知っているリクは、いつあの横暴さが顔を出すかもしれないと決して先生と目を合わせなかった。

「どうするかねぇ……待つの?」
「いえ、車はあるみたいですし…こちらから訪ねようかと」
「うふふ、愛しい男の為とはいえ勇ましいねぇ微笑ましいねぇ」

うふふ、うふふ、と気色悪い声でこちらを流し見る先生は、口許に指先を添えてくねくねとオカマのように笑う。ぞわりと鳥肌が立つ。言わないけれど。

「木津君、頑張って助手するんだよ」
「あ、はい……」

先生の見ていた書類をそのまま受け取って、これから必要になるであろう数枚を上にしてファイルに仕舞う。
そして、未だ落ち着かない様子で借りてきた猫のようなリクを促した。

「それじゃあ行って来ます。リク、行くぞ」
「あ、お、おう」
「行ってらっしゃーい、終わったら起こしてねぇ」

乗り込むのが大好きな先生が残ると言った理由は、やはり仮眠をとる為だったらしい。
早速シートを倒して目を閉じた先生を残し、俺達は目当ての家へと向かった。


小さな一軒家。ひっそりと目立たない雰囲気はきっと、手入れのされていない庭のせいだろう。侘しいという感想が一番に思い浮かぶ日本家屋だった。

チャイムを鳴らし家主が出て来るのを待つ。
隣で緊張した面持ちのリクは、しきりにボケットの中へ手を突っ込んだり出したりを繰り返していた。

「ゲロりだしたらすぐに録音しろよ」
「わ、わかってるけど……何か合図とかない?」
「空気を読め」
「すげー無責任……」

臨時の相棒兼有事のボディーガード兼テープレコーダー係。
初仕事な割に中々重要な任務を背負わされたリクは、ひゃーと顔を覆っている。

「大丈夫。俺が必ず吐かせるから」

失敗なんてしないさ。だってこれには慶が絡んでいるんだから。
いつも失敗してはいけないが、今日は特別。ここ数年先生の助手としてやってきた自信が、俺の背中を力強く支えていた。

まるで慶の手の平みたいに、心強い。

「はい?」

その時ガラガラと戸から出て来た男は、俺達を見て首を傾げた。
細身の男だ。着流しと眼鏡が、物書きの雰囲気を醸し出している。

開いたままの扉に俺も手をかけ、逃げられないよう構える。

さぁ、俺の慶を取り戻す手伝いをしていただこうか。

「初めまして、野茂探偵事務所の雨竜と申します」

男の顔が強張る。
無理に平静を保とうとする表情は引き攣っていた。

「加藤さん、少しお話を聞かせていただきたいのですが……」

お時間よろしいですね?

代理執筆の件で。


震える声で頷いた男に同情するには、些か俺は慶を愛し過ぎたらしい。


(目には目を、歯には歯を、脅しには脅し、だろう?)

 

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