ケイイロ3
くせぇ。
鼻がひん曲がったらいっそ半殺しにしてやろうかと物騒な事を考える。
臭い香水を自分にぶっかけ恍惚とした表情で腕に絡まる女は、連れて居るのがAZUMAというステータスだからではなく、そのおかげで自分に集まる視線そのものに酔いしれているのだろう。
くだらない、くだらなすぎて溜め息すらも出ない。
成り上がる為と話題作りの為なら何でもするこの女は、嫌いを通り越して生理的嫌悪を俺に与えた。
「ねぇ、今日は帰るんでしょう?」
「あぁ」
「別れてね、ちゃんと」
頭かちわってやろうか。
そう思いながらも、能面のような笑顔に女は騙される。
イロなら俺のこの笑顔に気持ち悪いと顔を歪めて見せるのに、女は自分が愛されていると勘違い出来るのだから可笑しい。
何一つ本当の俺の姿など知らないくせに、全てを知ったように優越感に浸る。
馬鹿馬鹿しい。
こいつの持っているイロと俺の写真のネガさえ消滅させられれば、こんな生活は終われるのに。
「じゃあな。また明日」
「ええ、愛してるわ」
「……俺も」
あああ気持ち悪い! 今すぐにこいつと食べた夕食を吐き出してしまいたい!
早く帰って、イロの顔がみたい。イロの手料理が食べたい。
三ツ星だか何だかの高いだけの飯よりも、食べ慣れた愛しい人の作る、俺の為のものが食べたいのに。
本気で競り上がり出す消化されかけの食物を気力だけで抑え、女に背中を向けられた自分は何と我慢強い。
だが我慢しなければならない。
俺と違ってイロは、平穏な日常の中に居るべき人なのだ。
あの写真を公表されて糾弾されるのが俺だけなら、何も問題はない。
そのせいで芸能界を追い出される事になっても、歌はどこでも歌える。イロの傍で歌えればいい。
けど、イロはそうじゃない。
世間から奇異の視線に晒されて平気でなど過ごせる訳がない。
「クソっ……」
後少し、後少しだ。
二週間かけてこっそり探したあの女の家は、もう後一箇所しか探す場所がない。
一番あの女が居る時間が長い、仕事部屋。
重要書類などもあるからと中々入る隙を見せなかったが、明日この女は仕事で丸一日帰宅しない。合鍵だって、愛されていると自惚れさせれば簡単に手に入った。
今日少しイロの顔が見れたら、すぐに戻って油断させればいい。そうしたら明日、必ず見つけてやる。
もうすぐだからと誰に言う訳でもなく呟く俺は、たいがい頭の可笑しい奴に見えただろう。
でも確かに、イロが足りなくて頭がおかしくなっているのは事実だった。
でも、でも。
イロ、大丈夫だからな。
(だって俺が守ると決めたんだから!)
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