加入条件


「九条様! 僕をzero colorに入れて下さい!」

愁は今日何度目かとなる単語を、表情一つ変えずに吐き捨てた。

「却下」

【加入条件】

「ど、どうしてでしょうか! せめて理由だけでも…っ九条様!」

驚いたように大きな目を見開きながらも尚食い下がる生徒に目もくれず、愁は止めていた歩みを再開させた。うんざりと溜め息が零れる。
こうして呼び止められるのは今日だけで何度目だろうか。少なくとも片手分以上は煩わしい思いをさせられているはずだ。

それにしても、ふざけているとしか思えない。
あんなに小さな体と細い腕で何が出来よう。一人例外として小さく黒い蝶も居るには居るが、あれと奴らの目的は違いすぎる。奴らはただ、幹部であるメンバーに近づきたいだけだろう。固有名詞に様なんぞつけるのがいい証拠。
仮に本気でチーム加入を希望していたとしても愁の返事は決まっていたが。

目が違うのだ。
弱い光。弱い意志。
zero colorは自分達が作った居場所であり、楽園とも呼べた。
志があり、ルールもある。少なくともこの場所に迎え入れられるのは、同じ所を目指す人間だけと決めていた。
こんな考えは青臭いのだろうか。

そんな事を考えながら、愁は見慣れた扉を開いた。ただの自室だが。
玄関に並べてある靴の数にげんなりする。来るのは構わないが、毎日というのはどうだろう。
初等部から一緒に居る仲間だから今更だが、小さな頃と違い全寮制の今、愁の部屋はたまり場と化していた。

「あ、お帰りー」
「遅かったな」

部屋に入ってすぐ、部屋主の帰宅に気付いた十夜と時貞が声をかけた。翔は何やら口に入れているのか、モゴモゴと咀嚼しながら片手を上げた。

「要と圭は来てねぇのか」
「卒業式の準備に追われてるんじゃない?」

なる程、ならば納得。
一つ下の生意気な仲間達が、自分達を送るのだと思うと微笑ましく感じてしまう。寂しさはない。一年すれば嫌でも高等部に上がり、またどうせこんな風に馬鹿をやるのだから。

「愁、今日はどうだった?」

机に鞄を置きソファに腰掛けた所で、冷蔵庫に入っていただろうジュースを勝手に飲んだ翔が唐突に言葉を発した。

「何が?」

今日、と言えば何も目立った活動はなかったはずだ。強いて言えば…思い切り煩わしい連中にチーム加入を求められた事くらいか。

「え? 何もなかった? おかしいなぁ…僕の予想ではたくさんあったはずなんだけど」
「俺のトコも来なかったから、てっきり愁に集中してるんだと思ってた…」
「誤算だな。骨のある奴はいないと言う事か、情けない」

口々に不満を零す三人の会話を聞き、愁はもしかして、と今日一日の事を話し始めた。

「まさかとは思うけど…お前ら何か煽ったのか?」
「うん、あんまりにも卒業しないでってうるさいからさ、じゃあzero colorに入れば? 一緒に居られるよ? 殴られて怪我しちゃうかもしれないけどねって言ったんだ」
「翔……」

ニコリ、と無邪気な笑顔を浮かべる翔と頷く十夜達に、ここでも愁はげんなりと溜め息を吐いた。
原因はお前らか。どんだけ面倒臭かったと思ってんだ。

そんな苛立ちを視線に込めようとして、愁はわざとらしくついていないテレビに目を逸らした。
翔は笑顔だ。波風は立てないでおこう。

「で? 返事した?」
「一人くらいは使えそうな奴居たか?」
「や、全部却下してきた。目的が疚しい奴らばっかだったぜ」

やってらんねーよ全く、と背もたれに体を預けて天井を仰ぐ。やっぱりねーと笑う十夜の後頭部に平手をお見舞いして、目を閉じた。痛い! と怒る声はスルーだ。

ピンポン、

「愁、客だぞ」
「誰か出て」
「あ、僕が出るよ。もしかしたら加入希望かもしれないしね」
「骨ありそうだったら入れていーぜ」

嬉々として頷いた翔が玄関へ消えていく。どーせ本気で入りたい奴じゃないだろう、と決めつけてテレビをつけた。

「ゆーちゃんみたいな子、来ないかなぁ」
「例の弟か?」
「そう! 強くて可愛くて、芯のあるいい男だよ」
「お前の弟より…俺は蝶がいい」

ここ最近すれ違いになって会えていない蝶を思い出す。彼は強い。喧嘩も心も。自分が惚れ込むのは仕方ないとさえ思う。
すると何故か、十夜が嬉しそうな顔で笑んだ。

「はは、そうだね」
「愁ー、骨太そうだったから入れたよ」
「太くてどうすんだよ…」

割と長い事玄関から帰って来なかった翔が扉を開いた。
薄目を開けて翔の後ろに居る人物を見る。

そこには信号機がいた。

「九条さん、俺たちをチームに入れて下さい」

真ん中の一番ガタイのいい、赤坊主が頭を下げた。続いてヒョロイ青髪、チャラそうな金髪も。

「愁? どーするの?」
「合格」
「「え?」」
「翔、うちのルール躾とけ」
「了解」

制裁や教育担当である翔が楽しそうに笑う。情報要員である時貞はすでにノートパソコンを開いて至福の表情で個人情報を漁っていた。

「あの…?」
「あ? 合格だっつってんだろ、文句あんのか」
「いえ、そういう訳では…」

青い髪の奴が狼狽える。恐らくこんなに簡単に加入出来ると思って居なかったんだろう。
十夜に目配せすると、仕方ないなぁと三人に後日の予定を伝え始めた。
これから暫くは耳にタコが出来る位翔にルールを吹き込まれ、落ち着いた頃協定チームである蝶の元へ挨拶をしに行くはずだ。それがうちで最初のルール。もしもそこで粗相があればすぐ脱退。これは俺達幹部の中での隠れルールであり、試練。

「おい新人」

愁の低い声に、三人の顔が強張った。十夜が苦笑いしているが、仕方ないなぁと諦めの表情を作った。

「ねじ伏せる相手を間違えるな。無駄な喧嘩を売るな」

それから

「"黒死蝶"は俺のもんだ」

触ったらブッ殺す。

三人共が、意味を把握出来ていないのかキョトンとした。
愁は言うだけ言って満足したのか、欠伸を一つしてからまた目を瞑った。

「じゃ、そういう事だから今日は帰っていいよ。また連絡するから」
「あ、番号…」
「いらん。もう調べ済みだ」
「………ハイ」

時貞の言葉に金髪が口を引き吊らせる。犯罪ですよね、と口に出せる者は今ここに存在しなかった。
十夜が急かして三人を帰らせた後、愁の隣に翔が座り、体を乗り出して目を閉じた端正な顔を覗きこんだ。

「見すぎ、穴あくだろーが」
「穴だらけになった愁見てみたいなぁ」
「……何だ」
「何であっさり合格だったの?」

十夜も時貞も、それが気になるのか興味津々な顔で愁を見つめていた。
愁は起き上がり、ニヤリと笑って指を三本立ててみせた。

「いち、誰目当てでもなさそうだったから」
「うん」
「に、確かに骨太そうだったから」
「うんうん」
「さん、頭の色最高におもしろかったから」
「うんうんうん…は?」
「馬鹿か…」
「愁意味わかんない…」

次々と愁の馬鹿さ加減を並べ立てる三人を横目に、ひっそりと笑みを零した愁はまたソファへ沈んだ。

本当の三つ目は、まだ内緒。

END
(居場所を探す目をしてた)

 

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