放課後


校庭から部活動に勤しむ生徒の声が聞こえる。
ほとんどの生徒が校舎の中から出て行った今の時間。昼間の騒がしさが嘘のように、寂しげな匂いを漂わす廊下を愁と二人で歩いていた。
腕に抱えた資料を落とさないように持ち直す。

「あ、あの!」

パタパタと誰かが走り寄る音と声が聞こえて、何事かと振り返る。
そこには、可愛い可愛い俺の弟と同じか、少し高い位の身長の少年が二人。
心なしか緊張しているようで、表情が堅い。

「どうしたの?」
「あの、お荷物お持ちしましょうか!?」
「会長も副会長もお忙しいですし、何かお役に立てればと思って…」

一人の少年が俯き気味な顔をあげて俺と愁を上目遣いで見た。
愁は何も言葉を発さない。
苦笑いも出来ない程、これはいつもの光景だった。

「ありがとう。でも大丈夫だから」

にっこりと、言外に余計なお世話だと伝わるように。親切を装ってはいるが、少年の一人は確か愁の親衛隊幹部だったはず。
近づきたいのはわからないでもないが、それによって機嫌の悪くなった愁を持て余すのは、他でもない俺達なのだ。

「で、でも、何かしたいんです!」

おぉっと、気持ちが伝わらないってハプニングに見まわれてしまった。
うーん、困った。ここで邪険に扱うのは簡単だが、優しい副会長で通っている身としては少しいただけない。

「気持ちだけもらっておくよ」
「副会長…」
「おい」

困ったなぁ。
もう少しで悪い印象を与えず断る作戦が成功したのに。

先程の薄ら赤く染まった頬からさぁっと血の気の引いた少年達を見て、思わず苦笑いを零した。
今まで沈黙を守っていた愁を見ると、あからさまに不機嫌な顔で上から睨みつけている。

そりゃ、慣れない一般人には怖いよねぇ。なまじ顔が整っている分、尚更に。

「ウザい、散れ」

その一言だけ。
後は興味もないと言うように生徒会室へ戻る道を歩き始める。
少年二人は、泣きそうに顔を歪めて、頭を下げてから逃げるように去って行った。
そして気付く。
二人と擦れ違ってこちらへと歩み寄る人物がいる事に。

「兄ちゃん? …何かあったん?」

擦れ違う際に泣き顔を見たのだろうか。ゆーちゃんは心配そうに背後を見て首を傾げている。

「いや、何もないよ。それよりどうしたの?」
「あ、うん。昼休みに愁の荷物一緒にカバン入れとん忘れとってさぁ、携帯とかないと困るかなーって思て探しとってん。」

そう言って両手に愁の携帯と財布を持って、ゆーちゃんは俺の背後に向かって声を張り上げた。

「愁ー!」

振り返った時、やはり俺は可笑しくて笑ってしまう。

あぁもう、今のお前を全校生徒に見せてやりたいよ。
愁。

「なんだ?」
「忘れもん」

和やかなムードで話す二人を見ながら、考える。
誰が呼び始めたかは知らないが、俺達の前以外では笑うどころか表情も崩さない「睨みの帝王」とやらも、好きな子が絡んじゃうとこの様だ。
あんなに棘のない表情や話し方を見れば、さっきの少年はどう思うのだろうか。酷いえこ贔屓だと思うのに、そんな人間らしい態度をとるようになったのが俺にとっては安堵だった。

愁の恋い焦がれる相手が、可愛い可愛い弟だという事が嬉しくもあり腹立たしくもある。
さすがはゆーちゃんって思うけど、どう足掻いても愁と同じスタートラインに立てない事が、かなり悔しい。

それでも。

「あ、なぁ兄ちゃん。今日の晩泊まりに行っていい?」

全く、この子には適わない。

「勿論。一緒に寝ようね」
「いっ…!?」
「久しぶりやなぁ。楽しみ」

愁のあんな表情が見られるなら、それはそれでいいかと思えたんだ。

END

 

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