2015/WD(うましか)



(今さらのホワイトデー)
(ゴウヨシ)



2LDKのそこそこいい我が家には、そこそこいい顔面偏差値のくせに頭の中が睡眠だけで出来てるゴミのような男が住み着いている。
ちなみに、長い付き合いである事を差し引いてゴミのような、と表現はしたが、本心ではゴミだと思ってる。

その名はゴウ。意味不明だが、奴は高校の時からやる気なさげに俺を口説いている。本当に意味がわからないし、意味がわからない上に行動が全く読めないのであまり傍に置きたくない人種だ。ほら俺、手のひらの上で転がせない奴嫌いだから。

それでも奴は基本的に寝ているだけだし、失敗ばかりの告白もやる気はないし、モデルで稼いでるからたかってくる訳でもないし、つまり害がない。
家に居ても、風呂上がりに裸でうろちょろしてても襲ってくる訳じゃないから、ほぼ同棲って状態になった今も放置している。俺は優しいから、害がなければオブジェ扱いしてやれるのだ。
これが総長って名前のクズだったり馬鹿って名前の猿だったらと考えただけで怖い。ニュースで取り上げられる通り魔事件の犯人が、俺になる可能性が高すぎて。

まぁそんなどうでもいいことは置いといて。

「……」

風呂上がりでリビングに戻った俺は、ガシガシ頭を拭きながらテーブル上の紙を黙って見ていた。
そんな俺を、テーブルを挟んで向こう側にいるゴウが見つめている。

タオルを肩にかけ、俺は決意した。
よし、無視しよう。

その決意と共にーー目の前の婚姻届けをど真ん中から破り、ヒラリと床に落とした。

「ひどい」
「酷くないよね酷いのはお前の頭だよー」

こんなにも役に立たないプレゼントを渡されたのは産まれて初めてだ。せめてこれが風呂上がりの俺のためのメロンソーダなら、もしかしたら頭くらいは撫でてやったかもしれないけどこれはない。非常に遺憾である。

「なんなのー? アホなのー? アホだねー。ホワイトデーのお返しがこれとか何も嬉しくないんだけどー?」

一ヶ月前のチョコのお礼なかったら追い出すからと言って風呂に入ったが、婚姻届けを渡されるくらいならまだない方がマシだ。ゴウを家から蹴り出せば終わる話なのだから。
しかもだ。婚姻届けはびっしりと文字で埋め尽くされていた。俺の名前と住所と本籍、そして保証人の欄も含めた全ての項目が。テーブルに鎮座した俺の印鑑が役目を待ちぼうけているのはそのせいだ。

つか、本籍どうやって調べたのこいつ?

「我が儘」
「我が儘とかじゃねーよ日本語通じてる?」

ゴウは無表情のままチラリと俺を見、そしてーーもう一枚、胸ポケットから同じ紙を取り出した。

ピラリ。復元された光景が広がる。
俺は何も言わず考えず、新たな婚姻届けを素早く破り捨てた。

「……」
「……」

ピラリ。ビリッ。ピラリ。ビリッ。ピラリ。ビリッ。

「ああああっいい加減にしろやゴミがああっ!!」

無言、そして出しては破るの攻防は果てを見せず、ついに俺は苛立ちを爆発させた。
新たな婚姻届けを出すゴウの手首を掴み、すっからかんの頭をど突き飛ばす。

どうせ中身がないなら捨ててしまえそんな頭。無駄に整ったその顔面だけ世の中のブスに売り付けてその金で余生を過ごしてやんよ!

「痛い」
「そうだね外も中も痛々しいね!」
「紙の無駄遣い」
「出せもしない婚姻届けもらってきたお前には言われたくねぇよ……!」
「職員脅す」
「捕まりたいの?」
「世の中大抵金でどうにかなる」
「ダメだこいつ金持っちゃいけない奴だ」

掴んだ手首にギリギリと力を込めて、このまま血液の流れよ止まれと願う。
あの枚数をこんな男に渡した役所にも腹が立つが、俺が印鑑を押すと信じて人の分まで空欄を埋めたこのゴミにはもっと腹が立つ。あとあれね。顔も名前も知らない保証人二人は死ねって思う。

ゴウは痛いはずの手首を気にする事も、破られた婚姻届けに残念な顔をする事もなく、俺を見てため息を吐きやがった。殺意が浮かぶ。総長と馬鹿以外にこの感情を抱くのは久々で、ああ世紀末、と呟いてしまった。

「いい加減にするのはヨシの方」
「はー? 生意気なのも大概にしないと、っ」

あれほど強く掴んでいたはずなのに、ゴウは逆に俺の手首をガシリと掴む。
回る視界。テーブルが衝撃で揺れ、位置をずらした。

見慣れた天井の中に、見慣れた男。背中に敷いたのは柔らかいカーペットだった。
押し倒された。殺す。

「結婚するぞ」
「死ねー」
「同じ墓に入る」
「冗談はその頭だけにしとけよー」

相変わらず眠そうなぼんやり顔だけれど、いつもより声がしっかりしている。
もしかしたらゴウはかなり真剣なのだろうか。だとしても俺には全く関係のない話だけど、とりあえず男に押し倒されてるこの状況に物申したい。刃物と紐どっちがいいのかな?

「なんなのゴウ、何がしたいのー?」
「結婚したい」
「あえて聞くけど、何で?」
「面会出来ないから」
「うん? ごめんねーちょっとわかんないなー意味が」

何言ってんのこいつ。
思わず頭を抱えようとしたけど、手首を押さえられてる為動かせない。したい時にしたい行動が出来ないのはかなりストレスを感じる。精神的苦痛への慰謝料ってどれくらい取れるかな。

「面会ってー?」
「病院」
「誰が入院すんのさ」
「仮定。ヨシ」
「まぁ仮定なら目を瞑って入院してやんよー。で、見舞いに来たいの?」

聞けば、ゴウはすぐさま頷いた。今気付いたけど今日めっちゃ喋るなこいつ。

「家族以外面会謝絶」
「あーうん読めてきた。でもわからないフリしたくなってきた」
「内縁じゃ家族と認められない」
「そうねー法律的にはそうねー面会出来ないねー」
「結婚するぞ」

だめだこりゃ。仮定だと言いつつ、ゴウの中で俺はいずれ入院先の病院で最期を迎える事になっているらしい。まだ20代なんだけどどんだけ俺の死に目に会いたいのこいつ。

「いや、そもそもね、俺ら付き合ってすらないよね? 結婚の前段階踏んでないよね?」
「え」
「え?」
「同棲」
「してねーよてめぇが勝手に住み着いただけだろ死ねよ」

嫌な事実が明るみになった。
こいつは恐れ多くもこの俺と既に恋仲にあると信じていたらしい。傍若無人にも程がある。ゴウの理論でいくと、世の中のルームシェアシステムは破綻する。頭痛くなってきた。

「俺の事好きだろ」
「現在進行形で好感度は下がり続けてるよー」
「なん、だと……!」

え、嘘。ゴウ言葉に感嘆符がついてるとか嘘だろマジかよ。
眠そうな顔を驚愕に染めたゴウは、俺の片手を解放して仰々しく顔を隠した。今にもおぉ神よ、と言い出しそうな姿である。歳とるに連れアホさに磨きがかかっているようで何よりだ。是非とも俺に関係ないとこでやってほしい。

「やっぱり」
「なに」
「壁ドンじゃなくて床ドンだから」
「まてまてまてそれ関係ねーし壁ドンされたところでお前の顔面にはトキメかないからね!?」
「総長の顔面は」
「殺意しか湧かない」
「ならいい」

ケロリと表情を戻したゴウは、再び自由にしたばかりの俺の手を拘束した。普段なら何すんのー死ねよくらい言うけど、今は言わないでおく。
なんたってね、自由な間に逃げなかった俺の過失だからね。原因はゴウの意味不明な勘違いだけど。あ、じゃあやっぱ原因こいつだわ、死ね。

「ヨシ」
「なんなのもー、ほんと死ねよ、押し倒されるとかマジないわーきもい」
「作るぞ」
「うん? 何を?」

何年経っても、ゴウの極端に主語のない台詞は解読出来ない。ちなみに理解出来た事もない。
だから俺はキョトンと首を傾げながら、押し倒されたって事は害ありまくりだから今夜中に我が家への立ち入り禁止と俺への接触を禁止させよう、なんて呑気な事を考えていた。

それも、ゴウが珍しくニヤリと笑う瞬間までの話だけど。

「既成事実」
「……!?」
「子供作ればいい」
「は!?」
「病室に忍び込めばいい」

つまり、子供を作ってやがて俺が入院して危篤状態になったらその子供に忍び込む手伝い、謂わば内通者的な事をさせればいいと。
あれ、ゴウの言いたい事わかっちゃった。絶望で死ねそう。

ブッ飛んだ言い分に呆気にとられるばかりの俺を、ゴウは無表情を崩し、ありえないほど幸せそうに笑った。

「女の子にしよう」
「!!??」

誰か、俺を助けてください。
クソな総長とつるみすぎて友達の居ない俺は、とりあえず心の中でそう願った。

俺史上最低最悪なホワイトデーの夜は、破れた婚姻届と共に社会不適合者な後輩とベッドインという悪夢のような結果に相成ったのだった。

END

(次の日ヨシは確実に)
(警察に駆け込もうとして)
(軟禁紛いの目に合うはず)

(ちなみに婚姻届は)
(ゴウの呟きに反応したファンや関係者が)
(こぞって我先にと贈ったものである)

 

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