夜。
夕飯を四人で食べて、そのまま俺と役員二人は役員寮の生徒会室へと向かった。
蒼空も出来るなら手伝いたいとは言うてたんやけど、取り乱した圭に必死に止められてお留守番。
多分一之瀬さん。絶対一之瀬さん。過保護やなぁ、と、思わんくもない。

「失礼します。遅くなりました」
「……します」
「こーんばんはー部外者でーす」

扉を開けた圭に続き入室する。
元気よく入って、ドカリとソファに座る人物を目があった。
あ、ヤバい。まずったぞ。

「ゆーちゃん!!いらっしゃい」
「おう、久しぶりだな」

パタパタと寄ってくる兄ちゃんと、ソファに座りリボンを弄る愁。
あのヒロの精力剤事件の朝、愁の部屋を出てから会うのは今日が初めてやった。
朝はまだ頭がボケっとしとってそこまで恥ずかしくなかったのに、時間が経つにつれて、日が過ぎるにつれて、いっそ曖昧になってまえばえぇと思える記憶がこらまた鮮明に浮かび、タバコも吸いに行かず顔を合わせんようにしとった。
だってさすがに恥ずかしい。
あんな醜態晒した上にあんな事されて、しかもその、後ろ……あぁもう無理!!

「…ゆーちゃん?どうしたのさ」
「へ?あ!いや何でもないで!きょ、今日なんか忙しいんやろ?俺手伝える事ある?」
「それはありがたいけど…何か変だよ?」
「なんもないってば!久しぶりに兄ちゃん見たから嬉しいだけ!」

苦し紛れに吐いた言葉は存外兄ちゃんを喜ばせたようで、兄ちゃんは満面の笑みを浮かべて俺に抱き着いた。

「もー最近忙しくって中々ゆーちゃんに会えなかったもんね!俺も会いたかった!」
「そういえば翔さんと一之瀬さんは?」

何か話題を、と室内を見回して、二人が居ない事に気付いた。

「時貞はサボり。翔はそれじゃあやってらんないって、またサボりだ。祐希、こっち来てこれ手伝え」
「そうだね。俺と圭は発信機に登録と名前シール出すから、要はシール貼って、愁とゆーちゃんは手先器用だからリボンに付けてってくれる?」

圭はいつの間にかお茶を全員分汲んで机に配置し、発信機の積まれたデスクに座っている。愁の向かい側で要はネームシールと発信機を照合しながら貼っていて……
ちょ、マジで?

待って、と反論する訳にもいかず、隣へと促してまたリボンを弄る愁の隣、結構な距離を開けて腰を降ろした。

顔なんか見れません。
見た瞬間、俺死亡確定。

「えと…兄ちゃん、先の方につけるん?」
「んー、ゴメン、愁に見本見せてもらってくれる?」

パソコンに向かう兄ちゃんは、キーボードを叩きながら無情にもそう言ってのけた。

勝手な理由なのは百も承知やけど、初めて兄ちゃんを憎いと思った。

「おい、もっとこっち来い。見ずらい」
「……おう」


そう言われてしまえば、手伝うと言い出した手前断れず。
バクバクとうるさい心臓を持て余しながら愁に距離を詰める。

「この先に、…ほら、ここに窪みがあるだろ?そこに通して、縛る。出来るだろ?」
「うん、大丈夫……」

愁の長い指先が器用に発信機へとリボンを取り付ける。
小さな窪みをスルリと通ったリボンを綺麗に結んで、見本だと言わんばかりに俺の膝に置いてくれた。

指長…てかこの指が俺ん中に入ってたんよな………っておい!何自分で墓穴掘っとんねん!

ふいに思い出した場面はいかがわしすぎて、その時の快感を体が勝手に思い出す。
慌てて首を振って作業に集中しようと頭を切り替えるけど、呼び覚ましかけた記憶は泣きたくなる位のスピードで背筋を駆けた。

「指、見すぎ。…そんな気持ちヨカッタ?」
「っ!?」

極々小さな、俺にしか聞こえん声で愁が囁く。
何も聞いてない振りをしてみても、動揺は隠し切れんかったようで手の中からリボンが滑り落ちた。
クスクスと含み笑う愁を、いつもならしばけんのに。

「…今度はもっと、ちゃんとしてやるよ」

お前を俺のもんに出来た時にな。

そんな事を恥ずかしげもなく言ってのける愁から、意識を逸らす事だけに集中するしか俺に道はなかった。

でもそれ以降愁が小声でからかってくる事もなく、無駄な会話が何一つない状態で作業は続いた。
そりゃ明日いるやつを今日中に全校生徒分せなアカン上に優秀な二人がサボりとなりゃ、俺が手伝ったって遅れは否めん。
無言も致し方ないやろう。

発信機とリボンの山が大分減り、あとちょっとで終わるなって所で徐にに圭が顔を上げた。

「ところで、一之瀬さんはいつもの?」
「多分ね」
「それでどうして倉持さんまで?あの人も忙しい事はわかっているのでは…」
「うーん……」

兄ちゃんは困ったように笑って、どうしようか、って視線を愁に寄越した。

「翔にしては長く溜め込んだ方じゃねぇか?」
「そうかもしれないね…」
「翔さん、なんかあったん?」

思案顔の二人を見て、俺は素直に言葉を挟んだ。
聞かれたくない事やったらここではゆわんやろうし、アウトラインはちゃんと二人で守ってくれると思ったから。

「時貞の遊びがな。翔としては苛々の原因なんだよ」
「えーっと…」
「所謂セフレだよね」
「顔はあれですからね」

初めて会った時のアレか。
でも何で、それで翔さんが苛々すんの?
そこを自分なりに考えて思い付いた答えがあんまりにもピッタリきて、俺は顔をしかめた。

「両想いなくせにね。片やお馬鹿さんで片や意地っ張りだもん」
「そうやったんや…」

普段の二人を見る限りは、なんちゅーか…御主人様と奴隷みたいな関係が成り立ってるように見えた。
翔さんは一之瀬さんに対して人一倍酷いし、一之瀬さんはそれに文句を言いつつも激しくは抵抗してない感じ。

幼なじみやて聞いてたから、小さい頃からあんな感じで板についてんねやろかて思ってたけど。

「翔さんが一之瀬さんに風当たりキツイのって…」
「そ。意趣返しみたいなもんだよ」
「あいつが遊びまわってる間は、優しくしてやんねぇだろうな。時貞が自分の事好きなの知ってるくせに」

馬鹿だね、と兄ちゃんと愁が笑う。
アホやな、と俺も少し、呆れた。

「一之瀬さんは…翔さんの事好きやのになんでそんな事…翔さんも、ゆえばそれで終わるんちゃうん?」
「さぁな。二人には二人のやり方があんじゃねぇの?」
「そうかもしらんけどさー…」

他人が口出す事ちゃうんやろうけど、なんか納得いかん。
でも俺らが出来る事は、早く二人が素直になんのを祈るだけってわかってた。

「………大丈夫」
「何が?」
「……心配する事ない、と思う」

ペタリペタリと地道にシールを貼ってた要が、作業を止めずにそう呟いた。
それに兄ちゃんや愁も、そうだなと同意する。

「どう転んでも相思相愛に変わりはないしね」
「その内、気が付いたらくっついてんだろ」
「ありそうで笑えますね」
「そか……そうやったらえぇなぁ……」

好きじゃない人間とそーゆー事する一之瀬さんと、好きな奴が他の人間とそーゆー事すんのを見て来た翔さんと。
きっとどっちも辛くて悲しいんやろう。

だから願わくば、一秒でも早く気持ちを口に出来る日が来るといいのにと、思った。



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